デザイナー永井一正さんの3箇条
『デザイナーが未来に残したい私の3ヵ条』から、永井一正さんの仕事で大切にしているルールを紹介します。本書には、作品も紹介されていますので、詳細は是非そちらをご覧ください。
①断崖を飛び降りる心境を持つ
若い頃は、抽象によって「外なる世界」というものをずっと表現していた。しかし、59歳のときにそれをスパッとやめた。88年に発表した「JAPAN]という生物を描いたシリーズで抽象から具象へと表現を変えた。このとき、
自分の内にある「生きる」という根源的な表現にかけていきたいと考えた。
表現を変えたきっかけは、大きな病気をして「死」というものを意識したこと。死を意識したからこそ、その対極にある「生」を生き生きと表現してみたかった。死を意識するというのは、非常な危機でもある。でも自分自身を突き詰めていくためには、試練というのは必要なのかもしれない。
表現を続けていく上で、「過去を捨てる」というのは実はすごく重要なこと。どうしても人間は過去に頼り、その延長で歩いていこうとする。しかし同じことを続けていくといつか下り坂になっていく。
もちろん、過去を完全にゼロにするのは難しいし、過去というのは今の自分に重くのしかかってくるものでもある。
だからこそ、今日1日を新しく生きることを大切にするべき。今日は明日という未来へつながるものだから。
②自然を感じる
生命を表現する上で、もうひとつ大切にしているのは「日本の伝統」。日本人は、「山川草木に神が宿る」というように、自然に対する信仰心、アニミズムをどこかに持っていると思う。日本の伝統は、そういう四季や自然に大きく影響を受けた細やかな感性によって育まれてきた。
日本人のデザインへの感性は、自然との一体感によって連綿と受け継がれてきた。その伝統というものをそのまま出すのではなく、自分なりに解体し、再構築していくこと。それが現代のデザインに必要なのではないかと思う。
そしてそれは頭で考えるものではない。自分の内なる感性から、自然と表出してくるもの。
人も自然の摂理の中にいる。生まれたこと自体が奇跡だし、生きるための本能はすごいもの。だからこそ「野原で駆け出したくなるような気持ちや雲がながれていくのを見た時に心に生まれてくるもの」を大事にしたい。
そういう自然に触れて、本能的に感じることこそが一番重要なのだと思う。
日本的な感性を大切にすることは、僕にとっては自然への思いに立ち返り、「分を知る」ということ。
動物を描き続けているのは、人間に対して、彼らが何を訴えかけているのかを見た人それぞれに考えて欲しいという思いもある。
③表現の根は、「ひとり対ひとり」
現代は外からはいってくる知識や情報が膨大。しかし、情報が頭の中にのこていると、自分の内なる声を聞こうとしても情報が邪魔してしまうことがある。外界から入ってくる知識は、誰かが作った既成の情報。それに頼った表現は二番煎じになってしまうし予想通りのものしか生まれてこない。
考えるではなく感じること。本能的に事象を吸収して表現していくためには、頭を空っぽにしておくこと。そうして感性を研ぎ澄ませておくことが重要。
知識を頭の中から一度捨てることと同じように重要なのが、自身の「身体性に委ねる」ことだと思う。
身体性は、作品づくりだけでなく、企業の仕事であっても必要だと思う。自分の身体性から生まれた表現をぶつけることで、企業側が考えている以上のものが初めて生まれる。
グラッフィクデザインは、マスコミュニケーションであると同時にパーソナルコミュニケーションでもある。
それを見るときは、「ひとり対ひとり」。表現する上でも、ひとりの人間と対峙するということを心がけるべきだと思う。
「自分が理想とする誰か」を心に思い描きながら、感性と身体性から生まれたものを一生懸命、形にしていくこと。
介在するものが商品であろうと何であろうと、人間が人間に対して呼びかけ、それで相手の心が動くかどうかだということ。
あらゆる表現、そしてコミュニケーションは同じ根をもっている。