楽翁公伝 0020. 緒言 - 時代の要求 渋沢栄一著
楽翁公が世に出たのは、徳川氏の繁栄が徐々に衰え始め、新しい時代の兆しが見えつつあった時期である。この時代には、贅沢と享楽の風潮が大いに広まり、規律が失われ、幕府の財政も乱れ、賄賂が公然と行われる有様であった。人々の心は不安に満ち、道徳心も薄れていた。田沼意次が執政を務めていた頃、徳川氏はすでに国の重責を担う力を失いかけていたように見える。特に天明の末期には、飢饉や災害が頻発し、天候も人心も非常に険悪で、世の中の不安はまるで沈みかけた船が荒波に揺られるようであった。
この大波の中で、時代の要請を感じて現れ、見事に狂乱の流れを食い止め、今にも崩れそうな大きな建物を一本の木で支えたのが、我が楽翁公である。