クラテュロス 02 6-9 プラトン著
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ソクラテス 「そもそも、『言う』という行為も一種の働きだと考えられないだろうか。」
ヘルモゲネス 「そう思います。」
ソクラテス 「では、こう考えてみよう。もし誰かが、『こう言えばいい』と思ってその通りに言ったとする。それだけで『正しく言った』と言えるだろうか?それとも、『言う』という働きと『言われる』という働きの性質に合ったやり方や道具を使って言わなければ、うまくいかないのではないだろうか。正しいやり方に従えば成功して言えたことになるが、そうでなければ失敗し、何も成し遂げられないということではないか。」
ヘルモゲネス 「後者の方が正しいように思います。」
ソクラテス 「ところで、『名前をつける』というのも、『言う』という行為の一部ではないかね。人は名前を言いながら、何かを伝えているのだから。」
ヘルモゲネス 「確かにそうです。」
ソクラテス 「ということは、『名前をつける』ことも一種の働きということになる。『言う』という行為が物事に関わる働きであるのと同じだ。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「しかし、働きというものは、私たちの都合で成り立つのではなく、それ自体に独自の性質があることが、さっき話した通りだったね。」
ヘルモゲネス 「ええ、その通りです。」
ソクラテス 「だからこそ、『名前をつける』という場合も、私たちが好き勝手に名前を決めるのではなく、その働きの本来の性質に合ったやり方で、適切な道具を使うべきではないだろうか。もしそうすれば、成功して『名前をつける』ことができるが、そうでなければ失敗してしまうのではないか。」
ヘルモゲネス 「ええ、確かにそのように思います。」
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ソクラテス 「さて、さっきからの話を踏まえると、何かを切る時には、それに適した道具を使うべきだったね。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「また、織物を織る時にも、それに合った道具を使わなければならないし、穴を開ける時にも適切な道具を使う必要がある。」
ヘルモゲネス 「そうですね。」
ソクラテス 「では、『名前をつける』場合も、それに合った道具を使わなければならないんだろうか?」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「では、穴を開けるための道具は何だっけ?」
ヘルモゲネス 「錐です。」
ソクラテス 「では、織物を織るための道具は?」
ヘルモゲネス 「機織り機です。」
ソクラテス 「では、『名前をつける』ための道具は何だろう?」
ヘルモゲネス 「名前ですね。」
ソクラテス 「その通り。つまり、名前も一種の道具ということになるね。」
ヘルモゲネス 「確かにそうです。」
ソクラテス 「では、もし私が『機織り機とはどんな道具か』と聞いたら、君は何と答える?」
ヘルモゲネス 「『織物を織るための道具』と答えます。」
ソクラテス 「では、織物を織る時、機織り機を使って私たちは何をしているのだろう?」
ヘルモゲネス 「縦糸と横糸を分けています。」
ソクラテス 「その通り。錐やその他の道具についても同じように説明できるよね?」
ヘルモゲネス 「はい、できます。」
ソクラテス 「では、名前についてはどうだろう。道具である名前を使って、私たちは何をしているのか説明できるかい?」
ヘルモゲネス 「それはちょっと、説明できません。」
ソクラテス 「では私が答えよう。名前を使うことで、私たちはお互いに何かを教え合い、物事をその特徴に従って区別しているのではないかな。」
ヘルモゲネス 「確かにそうですね。」
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ソクラテス 「つまり、名前というのは、物事を教えたり区別したりするための道具だということになる。ちょうど機織り機(ひ)が織り糸を分けるための道具であるようにね。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「ところで、機織り機は機織りのための道具だよね。」
ヘルモゲネス 「もちろんです。」
ソクラテス 「では、機織り機を上手に使いこなせるのは機織りの技術を持った人だ。そして『上手に』というのは、『機織りの技術に従って』という意味だ。同じように、名前を上手に使いこなせるのは、物事を教える技術を持った人ということになるね。」
ヘルモゲネス 「確かにそうです。」
ソクラテス 「では、機織り職人が使う機織り機は誰が作ったものが良いだろうか?」
ヘルモゲネス 「それは大工が作ったものですね。」
ソクラテス 「でも、すべての人が大工というわけではないよね?大工の技術を持った人だけがそう呼ばれる。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「では、穴を開けるために錐を使う人は、誰が作ったものを使うべきだろう?」
ヘルモゲネス 「鍛冶屋が作ったものですね。」
ソクラテス 「そうだね。でも鍛冶屋も、技術を持っている人だけがそう呼ばれる。」
ヘルモゲネス 「確かにそうです。」
ソクラテス 「では、物事を教える技術を持った人が名前を使う時、その名前は誰が作ったものが良いだろう?」
ヘルモゲネス 「それは…ちょっとわかりません。」
ソクラテス 「では、こう考えてみよう。私たちが使う名前は、誰が授けたものだと思う?」
ヘルモゲネス 「それも正直、答えられません。」
ソクラテス 「君には、法律(または慣習)が名前を授けたものだと思えるかい?」
ヘルモゲネス 「なるほど、そう考えると納得できます。」
ソクラテス 「では、物事を教える技術を持った人が名前を使う場合、それは立法者が作った名前を使っているということだね。」
ヘルモゲネス 「確かにそう思います。」
ソクラテス 「ただし、すべての人が立法者になれるわけではなく、その技術を持った人だけが立法者だね。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「だから、名前を作るというのは、非常に珍しい才能を持った人だけができる仕事なんだよ。」
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ソクラテス 「では次に考えてみよう。立法者は何を基準にして名前を決めるのだろうか。さっきの例を参考にしてみよう。大工は何を基準にして機織り機を作ると思う?」
ヘルモゲネス 「機織り機が本来持つ働きに基づいて作るのではないでしょうか。」
ソクラテス 「その通りだ。では、大工が機織り機を作っている最中に、もしその機織り機が壊れてしまった場合、新しく機織り機を作るとき、壊れたものを基準にするだろうか。それとも、最初に機織り機を作ろうとしたときの理想的な形を基準にするだろうか。」
ヘルモゲネス 「理想的な形を基準にすると思います。」
ソクラテス 「では、その理想的な形を『機織り機そのもの』と呼ぶのが適切ではないだろうか?」
ヘルモゲネス 「確かにそう思います。」
ソクラテス 「では考えてみよう。大工が布を織るための機織り機を作るとき、薄手の布用か、厚手の布用か、あるいは亜麻の布用か羊毛の布用か、それぞれの布に適した機織り機を作る必要があるよね。どんな布でも良いわけではない。それぞれの布に本質的に合った形の機織り機を作らなければならないのではないだろうか。」
ヘルモゲネス 「おっしゃる通りです。」
ソクラテス 「他の道具についても同じことが言えるだろう。つまり、それぞれの用途に本質的に適した形を持つ道具を見つけ出し、その形を素材の中に作り出す必要があるんだ。自分勝手な形ではなく、その用途に適した形だ。たとえば、穴を開ける用途に合った錐を鉄で作るべきだということだね。」
ヘルモゲネス 「確かにそうです。」
ソクラテス 「同じように、布を織るために適した形の機織り機を木材から作り出す必要がある。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「なぜなら、それぞれの布に対して本質的に適した機織り機の形というものがあるからだ。他の道具についても、同じことが言えるだろう。」
ヘルモゲネス 「そうですね。」
ソクラテス 「では、名前についても同じことが言えるのではないか?名前を作る立法者は、それぞれの用途に本質的に適した名前の形を、音や音節の中に作り出さなければならない。そして、理想的な名前そのものを基準にして、すべての名前を作り、物事に命名しなければならないのではないか。もし彼が本当に優れた命名者であるならば。」
ヘルモゲネス 「確かにそう思います。」
ソクラテス 「ただし、立法者が異なる国で名前を作るとき、同じ名前の形を同じ音節の中に入れるとは限らない。これは鍛冶屋にも似ている。たとえば、同じ目的のために道具を作っても、どの鉄材を使うかは異なる場合がある。それでも、形が正しい限り、その道具は有効で正しいものと言える。ギリシャで作られたものでも、外国で作られたものでも、形が正しければ問題ないだろう?」
ヘルモゲネス 「はい、その通りだと思います。」
ソクラテス 「では、立法者についても同じことが言えるね。ギリシャの立法者であろうと外国の立法者であろうと、それぞれの物事にふさわしい名前の形を与えてさえいれば、どんな音節で表現していようと、どちらも優れた立法者だと評価できるのではないか。」
ヘルモゲネス 「その通りです。」