クラテュロス 03 10-13 プラトン著
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ソクラテス 「さて、木材の中に『織り機の道具』に適した形があるかどうかを見極めるのは誰だろう?それは道具を作る大工なのか、それとも使う側の織り手なのか?」
ヘルモゲネス 「それは、むしろ使う側の織り手でしょうね、ソクラテス先生。」
ソクラテス 「では、リュート(弦楽器)の製作者が作ったものを使うのは誰だろう?それは、リュートが作られている途中で誰よりも上手にその進捗を見守ることができ、完成したものを評価して『うまくできている』と見分けられる人ではないだろうか?」
ヘルモゲネス 「おっしゃる通りです。」
ソクラテス 「では、その人とは誰だろう?」
ヘルモゲネス 「リュートの演奏者ですね。」
ソクラテス 「では、船大工が作った船を使うのは誰だろう?」
ヘルモゲネス 「舵を取る船長です。」
ソクラテス 「それでは、立法者が作った名前を、国内でも外国でも、『名前の制作過程』で誰よりも上手に監督し、完成した名前を判定するのは誰だろうか。それもやはり、名前を使う側の人ではないだろうか?」
ヘルモゲネス 「その通りです。」
ソクラテス 「そしてその名前を使う人とは、『どう質問すればよいか』を知っている人ではないだろうか?」
ヘルモゲネス 「確かにそうですね。」
ソクラテス 「さらに、その人は『どう答えればよいか』も知っているだろうね。」
ヘルモゲネス 「ええ、そうだと思います。」
ソクラテス 「では、『どう質問し、どう答えるかを知っている人』を、君は問答術の達人と呼ぶだろうか?それとも別の名前で呼ぶかね?」
ヘルモゲネス 「問答術の達人と呼ぶと思います。」
ソクラテス 「ではこう言えるだろう。一方で、船大工の仕事は舵を作ることだが、それは舵取りが監督する中で行われ、船がしっかりしたものになるためのものだ。」
ヘルモゲネス 「間違いありません。」
ソクラテス 「そして他方、立法者の仕事は問答術を心得た人の監督のもとで名前を定めることだ。それによって、立派な名前を作り出そうとするのだね。」
ヘルモゲネス 「おっしゃる通りです。」
ソクラテス 「つまり、名前を定めるというのは君が思うような単純な仕事ではなく、誰にでもできるものではないということだ。そしてクラテュロスが言っていたことも正しい。名前というものは物事に対して本来的(自然的)に定まったものであり、その名前を定めることができるのは、すべての物事に対して本来的にふさわしい名前を見極め、それを文字や音に落とし込む技術を持った人だけだということだ。」
ヘルモゲネス 「先生のご説明には反論できません。でも、こんなに急に説得されて意見を変えるのは簡単ではありません。ただ、もし先生が『名前の本来的な正しさとは何か』を具体的に示してくださるなら、もっと納得できると思います。」
ソクラテス 「そうか。ヘルモゲネスよ、僕自身は『これが名前の正しさだ』と断言するつもりはないよ。君も忘れているかもしれないが、僕は知らないながらも君と一緒に考えてきただけだ。ただ、今の議論を通じて少なくとも次のことは明らかになった。名前には何らかの本来的な正しさがあるということ。そして、どんな物事に対してもふさわしい名前を立派につける方法を知ることは、誰にでもできることではないということだ。」
ヘルモゲネス 「確かに、その通りだと思います。」
11
ソクラテス 「さて、君が本当に知りたいと思うなら、次に進もう。『名前の正しさ』とは何か、これを探究しなければならないね。」
ヘルモゲネス 「もちろん、知りたいと思っていますよ。」
ソクラテス 「では、研究してみるんだ。」
ヘルモゲネス 「でも、どうやって研究すればいいんですか?」
ソクラテス 「最も正しい方法は、知っている人たちに教えを請うことだね。その人たちにお金を払って感謝しながら。具体的にはソフィストたちさ。ちょうど君のお兄さんカリアスが彼らに多額のお金を払って、『知者』としての名声を得ているようにね。君はお父さんの財産を受け継がなかったのだから、お兄さんにお願いして、プロタゴラスから学んだ『名前の正しさ』について教えてもらうのがいいだろう。」
ヘルモゲネス 「そんなの、とても無理ですよ!僕はプロタゴラスの『真理』を全然認めていないんですから。なのに、彼の考えに基づいた名前の正しさをわざわざ学ぼうとするなんて矛盾しています。」
ソクラテス 「それも嫌なら、ホメロスや他の詩人たちから学ぶのはどうだろう?」
ヘルモゲネス 「え?ホメロスが名前について何か言っているんですか?それはどの箇所のことですか?」
ソクラテス 「あちこちで語っているよ。特に素晴らしいのは、同じものに対して神々と人間が違う名前を使っている箇所だね。神々はきっと、物事の本来の性質に基づいて正しい名前で呼ぶのだと思うけど、君はどう思う?」
ヘルモゲネス 「ええ、神々が名前を付けるなら正しい名前になるでしょうね。でも、どんな名前のことを指しているんです?」
ソクラテス 「トロイアでヘパイストスと戦った川のことをホメロスが語っているだろう?神々はその川を『クサントス』と呼び、人間は『スカマンドロス』と呼ぶ、とね。」
ヘルモゲネス 「ああ、知っています。」
ソクラテス 「じゃあ、どうして『スカマンドロス』ではなく『クサントス』と呼ぶ方が正しいのかを知るのは、大事なことだと思わないかい?それから、ホメロスが言う『神々はカルキスと呼び、人間はキュミンディスと呼ぶ』という島についても同じことだ。どうして『キュミンディス』ではなく『カルキス』と呼ぶ方が正しいのか、これを考えるのは無駄なことだとは思えない。さらに、『バティエイア』や『ミュリネー』など、他にも似た例がたくさんある。こういった神々に関する名前について考えるのは、多分、僕たちの能力を超えているかもしれないけどね。」
ヘルモゲネス 「確かに、それは難しそうです。」
ソクラテス 「でも、ホメロスがヘクトルの息子に関して語った名前、『スカマンドリオス』と『アステュアナクス』について考えるのは、少し人間向きで簡単だと思わないか?無論、君もあの詩の箇所を覚えているよね?」
ヘルモゲネス 「ええ、もちろんです。」
ソクラテス 「では、ホメロスがどちらの名前をヘクトルの息子につけるのがより正しいと考えていたか、君はどう思う?『アステュアナクス』か、それとも『スカマンドリオス』か?」
ヘルモゲネス 「それについては、僕には答えられません。」
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ソクラテス 「こう考えてみてくれ。もし誰かが君に『思慮深い人とそうでない人、どちらが正確に名前を呼ぶと思うか?』と聞いてきたら、君はどう答える?」
ヘルモゲネス 「もちろん『思慮深い人の方が正しい』と答えると思います。」
ソクラテス 「では、一つの国において、男女全体を見た場合、どちらが一般的により思慮深いと君は思う?」
ヘルモゲネス 「男性だと思います。」
ソクラテス 「ところで君は知っているよね。ホメロスが、ヘクトルの幼い息子がトロイアの男たちによって『アスティアナクス』と呼ばれていたこと、そして『スカマンドリオス』という名前は主に女性たちによって呼ばれていたことをね。なぜなら、男たちは明らかに『アスティアナクス』と呼んでいたのだから。」
ヘルモゲネス 「確かに、そのように見えますね。」
ソクラテス 「ホメロスも、トロイアの男たちの方が彼らの妻たちよりも賢いと思っていたのだろうね。」
ヘルモゲネス 「そうだと思います。」
ソクラテス 「ということは、ホメロスは『アスティアナクス』の方が『スカマンドリオス』よりも、その子供に付けられる名前として正しいと考えていたわけだね。」
ヘルモゲネス 「そうらしいですね。」
ソクラテス 「では、なぜそうなのかを考えてみよう。でも、その理由はホメロス自身がもうしっかり説明しているんじゃないか。というのも、彼はこう語っているからだ――『彼(ヘクトル)ただ一人、トロイアの市とその長大な城壁を守った』とね。そして、だからこそ――守護者の息子を、その父親が守っていた市にちなんで『アスティアナクス』と呼ぶのが正しい――とホメロスは考えたのだと思うよ。」
ヘルモゲネス 「ええ、私もそのように思います。」
ソクラテス 「でも、なぜ父親の名前に由来する名前で息子を呼ぶのが正しいのか、そこがまだ僕にもわからないんだ。君には何かわかるかい?」
ヘルモゲネス 「いいえ、ゼウスに誓って、私にもわかりません。」
ソクラテス 「では、ヘクトルという名前そのものについて考えてみよう。ホメロス自身がその名前を付けたのではないか、と思えてくるのだけど。」
ヘルモゲネス 「どうしてですか?」
ソクラテス 「それはね、この名前も『アスティアナクス』に意味が近いように思えるからさ。それに、この二つの名前は、どちらもギリシャ語的な響きを持っている。なぜなら『アナクス』(主、支配者)と『ヘクトル』(所有者)は、ほとんど同じことを意味しているからだよ。つまり、何かの『主』である人は、それを『所有している人』でもあるだろう。支配していて、所有しているわけだからね。そう思うけれど、僕が無意味なことを言っているように思えるかい?」
ヘルモゲネス 「いいえ、ゼウスに誓って、そんなふうには思えません。むしろ、先生はきっと何か重要なことを見つけられたのだと思います。」
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ソクラテス 「考えてみてくれ。ライオンから生まれたものをライオンと呼び、馬から生まれたものを馬と呼ぶことは正しいことだと思わないか?ただし、ここで言っているのは、自然の摂理に従ってその種族から生まれた場合の話だ。不自然で奇妙なものが生まれた場合は別としてね。例えば、もし馬が自然に反して牛の子供を産んだら、その子は『子馬』ではなく『子牛』と呼ばれるべきだ。同じように、人間から人間ではないものが生まれた場合、それを人間と呼ぶべきではない。これは木や他のすべてのものについても同じだと思わないか?」
ヘルモゲネス 「確かに、その通りだと思います。」
ソクラテス 「よろしい。その答えは立派だ。君には僕が間違った方向に誘導してしまわないよう、気を付けてもらいたいからね。というのも、この論理を同じように適用すれば、王から生まれたものは王と呼ばれるべきだと言える。ただし、その場合でも、名前が異なる綴り方で表現されていても、それ自体は問題ではない。一文字多かったり少なかったりしても、名前が意味する本質がしっかり表現されていれば、それで十分なんだ。」
ヘルモゲネス 「どういう意味ですか?」
ソクラテス 「簡単な話さ。例えば、君も知っているように、私たちはアルファベットをそのままの音で呼ぶわけではなく、名前をつけて呼んでいるよね。ただし、エイ(e)、イュー(y)、オゥ(o)、オー(ω)の四つは例外だ。それ以外の文字には、余分な音を加えて名前を作り、それで呼んでいる。でも、それでも名前の中にその文字の本来の音が示されていれば、それを正しい名前と認めるだろう?例えば『ベータ(beta)』では、bの他にエータ(e)やタウ(t)、アルファ(a)が加えられているけれど、それでも立法者はその文字の本質を名前全体で表現しようとしていたんだ。彼らはこうして文字に立派な名前をつける方法を知っていたんだよ。」
ヘルモゲネス 「確かに、そうだと思います。」
ソクラテス 「では、王についても同じことが言えるだろう。王からは王が生まれるだろうし、善い者からは善い者、美しい者からは美しい者が生まれる。他のすべてについても同じだ。それぞれの種族からは、その種に属する別の個体が自然に生まれる。これは、不自然で奇妙なものが生まれた場合を除けばの話だ。だから、親と子を同じ名前で呼ぶべきだということになる。ただし、名前の綴り方は異なることがある。素人の目には、同じものが異なる名前に見えることもあるんだ。」
ヘルモゲネス 「なるほど、そうですね。」
ソクラテス 「これは、ちょうど医者が薬を扱うようなものだ。薬の色や匂いが異なることがあっても、本質的な作用を理解している医者には、それらが同じものであると分かる。同じように、名前について知識を持つ人は、名前の意味を考察するだろう。一文字余計についていたり、位置が変わっていたり、除かれていたりしても、名前の本来の力(意味)を見失わない。例えば、『アスティアナクス(Astyanax)』と『ヘクトル(Hektor)』は、タウ(t)を除いて文字が全く共通していないのに、同じ意味を持つ。そして『アルケポリス(Archepolis)』のような名前には共通する文字が一つもないが、それでも同じ意味を持つんだ。」
ヘルモゲネス 「確かに、その通りですね。」
ソクラテス 「さらに将軍を意味する名前にも多くの例がある。例えば、『アギス(Agis)』(指揮者)、『ポレマルコス(Polemarchos)』(戦争の指導者)、『エウボレミス(Eubolemis)』(優れた戦士)がある。そして医者を表す名前も、『アトロクレス(Atrokles)』(医療で有名な者)や『アケシムブロトス(Akesimbrotos)』(人を癒す者)などがある。それぞれ文字や綴りが違っていても、本質的な意味は同じだ。君にもそのように見えるかい?」
ヘルモゲネス 「はい、確かにそう見えます。」
ソクラテス 「だから、自然に生まれたものに対しては、親と同じ名前を与えるべきなのだ。」
ヘルモゲネス 「その通りですね。」