抹茶ミルク【エミール・ゾラ短編「ナンタス」】

ゾラの「ナンタス」という短編が好きだ。

単純な物語。
田舎ものの男が、出世して権力を手にしていく。

美しい妻を手に入れるが、世間体のため。
互いに干渉しないことを誓い合う。


何年も、何十年も時が流れ、男は地位も金も権力も、なにもかも手にした。


はずだった。

彼は拳銃を持ち上げた。すばらしい朝だった。大きく開いた窓からは、太陽の光が差し込み、屋根裏部屋に若々しい息吹をもたらしていた。遠くでは、バリがその巨大都市の活動を開始しようとしていた。ナンタスは銃口をこめかみに当てた。

エミール・ゾラ「ナンタス」


なんて素晴らしい朝だろう。
朝の死は美しい。夜明けと死。陰と陽。

人は愚かだと思う。
自分たちの欲しいものは、良いモノと便利さだと錯覚し、必死にそれらを求める。

だけど、本当に欲しいものは手に入らないから、いつまでも求める。


そういえば太宰治の、好きな言葉がある。



わたしは何が欲しいのか分からず、いつだって本に答えを求めた気がする。いまだってそうだけど。



フラヴィさえ理解してくれたら、自分はどんな大きなことでもできるのに! 首に抱きつき、「あなたが好きよ!」と言ってくれたら、そんな日が来たら、世界を持ち上げる梃子を見つけたも同然なのに。

エミール・ゾラ「ナンタス」



世界を持ち上げる梃子はお金で買えないらしい。

一緒に探せる人がいたのなら、それはもう見つかっているのだ。



【余談日記】
真冬か、というくらい寒い。

医薬品の翻訳に触れていると頻繁に「授乳中」とか「授乳婦等への投与」とかいう言葉が出てくるのだけど、その度に三島由紀夫の『金閣寺』序盤で美しい女が南禅寺で茶に母乳を入れているシーンを思い出してしまう。
『金閣寺』をはじめて読んだとき、この描写が衝撃的すぎてネットでディグったら" 抹茶ミルクの誕生秘話" とか囃されていてなるほどなぁ、と思った。

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