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B7のエスカレーターをのぼる。綺麗だった、としか言いようがない。いちばん叶えたくて、いちばん叶ってほしくないことだった。寒さが明け始めた頃、夕方の真風が体温をちょうど下げてくれる。当たり前に前に立ったし、後ろを歩いた。地図アプリを開かなくて済むから、携帯の電池なんか要らなかった。何の話をしていたんだろう。気づいた時には夕日が髪の毛を綺麗に茶色に染めて、わたしの巻いてあげた髪が可愛くてつい手を伸ばしていたし、あの頃にはすでに白シャツが好きだった。あの出口を、わたしはいまだに避け
「結局さ、出会えてないのに出会った気になってるだけなんだよ」 彼は口角を上げたまま絶望を言葉にし、たばこの煙を愛しく吐き出す。じゃあ出会いってなに?定義を教えて。難しいなあ。だって、認識のすり合わせしなきゃ。 --- ずっと、何が足りてないかを考えていた。なにかができるようになっても、じゃあ次、じゃあ次、って。自分にとって現状維持は停滞だから。変化し続けることこそ邁進、まだまだやれる、だって好きだから。手を動かすことが好きだ、頭を動かすことも、例えば仕事をすることも。プ
彼が指さして「気になる」と言った中華料理店の不思議な佇まいだけが、今でもずっと脳裏にある。思い出せることなんて、ほとんどない。ただ、笑顔とともに消えないのはあの日の風景だ。 どの地域にも1つはある、独特の雰囲気をもった中華料理店。見覚えがあって、でも不自然なそれにもちろん心を奪われる。通るときに息を多めに吸ってみたり、横目でちょっぴり覗いてみたり。 あの頃はまだ、都会での生活に慣れてなくて、ふるさとからすこしずつ北へ東へ。だからわたしは右側がいつまでも好きで、なにかの左
きみの大丈夫が一番だ、と彼は言った。一番だったと思う。でもそろそろ、効力は切れてしまったでしょう。彼が残した、無理しなくてもいいよなんて言葉の効力も、もうとっくに切れてしまっている。 その一番が、きっとわたしの存在価値だったのだ。必死で自分のものにしようとしたスキルで構成されたものが存在価値ではない、と気付いていたからこそ。 唯一無二として分かりやすいものだっただけだ。それをわたしは愛と信じていた。本物だったかもしれないし、錯覚だったかもしれない。でももう、魔法は切れてし
現実と空想と思い出の狭間を、時間軸をなくして短編のようなものを書きました。書きながら流していた曲はこちら、よければBGMに。 大阪発の電車に揺られて、気になる短編集を読みながら向かう日曜日の昼は、どこか頼りない。心ばかりが秋へ向かい、日焼け止めを塗るのも忘れてしまったので窓際からそっと離れる。宝塚を過ぎたあたりから、遮光カーテンをそっと開けて挨拶をした。あんなにあり得ないと思っていた建物の低さも、緑も空も。いつの間にか心の支えだった。携帯がなったのでラインを開くと、昔の隣人
もう誰かから勧められた音楽を、毎日のように聞く日々は来ないかも知れない。 好きなひとのために8センチのピンヒールを履いて背伸びした日々は、もう繰り返されない。 いつまでも終わらない過去との戦いに終止符を打ってくれたのは、間違いなく彼女たちだ。 「過去に勝てない」ということを受け入れられないことほど、苦しいものはない。 だから、過去と今、未来は別のものだと。感情をそのまま冷凍保存して比べることなんて不可能なことなんだからと教えてくれたのは、絶対に彼女たちなのだ。 突然だ
スクランブル交差点に横たわるビスケットが、この恋のおわりを知らせていた。 早歩きで通り過ぎようとしていたところ、そんな光景が現れたのでわたしは手に持ったアイスコーヒーを思わずこぼしてしまった。 「いつもなんだって早いんだから」 あまりにも優柔不断だったわたしは、いつだったかそれをやめようと決めた。そんな自分が好きになれなかったからだ。なんでやめられたのだろう。多分、「君は何かが足りてない」なんて彼が言ってしまったから。 「なにかをする」と決めてこなしていくと、それがで
「アイスコーヒー、ふたつ」 いつものコーヒースタンドでテイクアウトをする。期間限定デザインの紙袋に入ったそれは季節感などを演出してしまうから、浮かれてしまうけれど、切なくなる。 だってわたしは今から、お別れをしに行くのだから。 ────── 駅から徒歩五分、階段をのぼって振り返り見える景色を、わたしはいつもひとりで見た。彼に会いに行くために通る道のはずなのに、その景色を分かち合うことは今まで一度だってなかったし、これからもきっと、ない。 階段の先、不安定な細い道を行く
雨の日はすこし苦手だ。それでも、すこし高いところに行くと落ち着く。だから重い腰を上げてすべらないように、階段と坂をのぼって、すこしずつ上へ行く。重い空の下、それでも全力でわらった日々がある。 「プリキュアです!」 将来の夢は、と聞かれたホームルーム。小学校6年生で同じクラスだった友人は元気よく答えて、たちまち人気者となった。 別の友人は、いつも部活のジャージを着ていて、小柄で髪の毛をツンツンさせていた。いつもヘラヘラとわらい、運動神経抜群の彼のまわりにはいつも賑やかだった
いいことがあると、きまって何か不吉な予感がしていた。だから、いいことが起これば起こるほど私はいつも準備を始めてしまっていた。───きっと、何かが起こってしまうから、この幸せにちゃんと溺れて、得体の知れない不吉な何かも乗り越えるエネルギーをつけておこう─── 逆も然り、悪いことが続いても “これだけ悪いことが続くなんて、このあとにどんな幸せが待っているんだろう” なんていう誰も責めない、しずかに受け入れていく運命。 だから私はいつだって多くを望んでこなかった。期待はしすぎな
新しい土地で1人になって自分だけの部屋で大の字になった時、初めてちゃんと深呼吸ができた気がした。ようやく手に入れた自分だけの場所。 そしてこの新しい土地での生活もいつか終わりを迎えることは分かっていたし、きっとそれは必然で、あまりにもあっさりと地元を離れられてしまったように、いやそれ以上に淡白なものになってしまうと思い込んでいた。 カメラと写真などというものにハマり出会った彼らは、そんな私の感情をガラリと変えてしまったのだ。 何をするでもなく集まっていつまでもしゃべる女
「ヒミツ」って響きが昔から好き。特別感溢れる響きと、秘密と言うだけで価値が生まれちゃう魔法。aikoの「秘密」という曲が大好きなのは言うまでもない。その曲を聴いてから、私の秘密の定義は「愛」でもある。 思ったことをすぐに伝える素直さはとても大事。ただ、昔は分からなかったけど、繰り返し古文の授業で聞いた「奥ゆかしい」が今ならわかる。言うが正義、ではない。言わなきゃと思ったことほど言って後悔したりして、伝えるか迷ったことほど言うべきことだったりする。 もちろんそれが全てじゃない
好きなタイプは?というおきまりの会話がある。その度に「好きになった人がタイプ」とかありきたりな答えを返しているけれど、遅れて来た感情が「彼でしょ!」と私に話しかける。 そう、私は後にも先にも「これ以上ないタイプだ!」と思った人に出会ったことがある。時田秀美という名前をした彼は、当時中学生だった私のヒーローだった。彼の言葉はちょっと恥ずかしくて、たまにアホらしくて、でもいつも正しかった。勉強ができる=頭がいい、ではないということを教えてくれたのも彼だったし、ありのままでい