いつかまた、猫のように。
ああ。わたしも、猫になりたい。
猫のように、生きてみたい。
西加奈子さんの「きりこについて」を読み終えたとき、わたしの頭の中には、もうそのことしかなかった。
猫になりたい、というのはもちろん比喩だ。
生き物としての猫になりたいわけでは、ない。
第一、わたしは猫よりも犬派だ。
猫は何を考えているのかわからないし、ちょっと
怖い。とすら思っていた。(しかしこれを読んで、
心の中で世界中の猫に深々と頭を下げて謝罪した。)
猫のように生きたい、というのは、ただ生きるために生きたい、と、いうことである。
この物語の主人公きりこは、「ぶす」だ。
冒頭の2ページにわたり、きりこがどのくらい
「ぶす」なのかを説明する言葉たちが洪水のように
押し寄せてくるのだけれど、もう、この描写は、
すごいとしか言いようがない。溢れ出る言葉たちに、
圧倒される。
美しいものや魅力的なものについて、それらがどれほど素晴らしいものなのかを書き連ねた文章は、今まで様々なところで出会ったことがある。
けれど、こんなにも「ぶす」というものについて瑞々しく、生き生きと書かれた文章に、わたしはこれまで出会ったことがなかった。
何より、「ぶす」という世の中においてはネガティブな概念をここまでリアルに細かく描写しているのに、そこには暗さも湿っぽさも全く感じられなくて、むしろその反対で、愛おしさや尊さすら感じられてしまうところが、すごい、と思った。
西さんの言葉に圧倒されるのは毎回のことだけれど、今回はさらに格別で、しばらくそのきりこがいかに「ぶす」なのかについて語っている2ページを、繰り返し、何度も読んでしまうほどだった。
それほどに、わたしはきりこに惹きつけられた。
話を元に戻すと、この物語は、そんな世の中の基準において「ぶす」なきりこが、自分が「ぶす」であることに気づき、引きこもり、自分を取り戻していくまでを猫の視点で(ここでいう猫は、生き物としての猫だ)描いた物語だ。
最初から最後まで猫の視点で物語が進んでいくので、まんまと猫って偉大だなあ、人間なんかよりずっと尊い生き物なんだなあ、と思うようになってしまうのだが、その考えが決定的になったのは、「猫は、ただ、生きるために生きている」という文章に出会った時だった。
きりこが世の中の基準である「容れ物」に苦しめられ、最終的には受け入れ、「容れ物」と「中身」の両方が揃って自分なのだ、と気づいた後の「ただ歩くために歩いている」というシーン。
その描写に出会ったとき、わたしは歳を重ねるごとに少しずつ積もっていく「周りからの評価」や「期待」、「他人の目」といったものに、自分がいかに絡めとられていたのかを気づかされて、はっとした。
自分は世界で一人しかいないのに、自分は生まれた時から自分なのに、何も変わっていないのに。いつからわたしは、誰かのために、誰かの機嫌をうかがって、自分の心に蓋をして何てことないふりをして、生きてきたんだろう。
小さい頃は、ただ自分が好きだからという理由だけで、誰にも見せることなく物語を箱いっぱいに書き溜めていたし、中学生くらいまでは、自分に似合うかどうかなんて微塵も考えずに、家族の反対も右から左に受け流して、好きな服を着て颯爽と街を歩いていた。
(もちろん好きな人がいた時はほんの少しだけその人の好みを取り入れようとはしていたけれど)それを除けば、わたしはずっと「自分が好きかどうか」だけで、全てを選択していた。
それが今では、大体の選択は「自分が好きだから」ではなくなっているし、ことあるごとに周りの目を気にしている自分がいる。
そのことに苦しめられていることもわかってはいたけれど、なかなかそこから抜け出すことは難しい。
だけど、あまりにも「自然のまま」なきりこや、何があっても「自分がしたいから、そうする」ちせちゃんに出会って、わたしはもっと自分で自分の心を満たせるようになりたい、ただ生きるために生きたい、と、たしかに思ったのだ。
簡単なことじゃないから、と諦めるのは一瞬だし、
そっちの生き方の方がたぶん楽だと思う。
だって、そういう人の方が、人間の世界では、
きっと多いから。
でも、猫みたいに生きている人も、わたしの周りには、少しだけど、いる。わたしはその人たちのことが大好きだし、いつも、一緒にいて心強さを感じている。
わたしも、人生を終えるまでには、少しでも、猫のように生きられたらいいな、と思う。
容れ物も中身も全部愛して、ただ、ここにいるだけで尊いのだと、心から言える日がくればいいなと思う。
最後に、余談だけれど、西さんの描写の中でも一番好きなのは、やっぱり食べ物についての描写だ。
ここに出てくる白玉やマッシュルームと青梗菜のパスタは、この先出会う、どんな高級料理よりも、ずっとずっとわたしの憧れの食べ物であり続けるだろう。
(ああ、お腹がすいてきた。。)
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