もどかしさが教えてくれたこと
常日頃感じている、わたしの「もどかしさ」。それは、文章でなら言いたいことをたくさん言えるけど、そうでなくて対面だと(家族や仕事先で関わる人は除く)つっかえてしまって伝えたいことが自分でもなんなのかわからなくなる。
何を話したら良いのかな、とか相手の興味関心のあることって何があるかな、とか、常に相手にアンテナを貼りながらのコミュニケーション。
もちろんそれが強みに出るときもあるよ? でもほとんどが自分じゃない誰かにベースを置いてるからしんどいことはしんどい(笑)
人のために行動できてるんでしょ? 偉いじゃん!
そうかもしれない。でも、立ち止まって考えるわたしはそうは思わないのです。
「人の為」って書く漢字は、合体させると(自分の心までもを)【偽る】んです。
人の為にって思って自分を蔑ろにすることとイコール関係になっちゃう。
本質の人の為を想う優しさは【人を憂う】って書くよね。それと似てるようで真反対。
わたしが人のことを優先してしまって自分のことを後回しにしているのも、「気質だよ」「考え過ぎ」そこまでしなくても…って言われ続けて焦るわたしの心。その言葉を放った本人達には悪気はなくて、むしろわたしの心を休めるつもりで言ってくれてるのかもしれないってことはわかる。
でも、ときにはその正論が逃げ道を防いでしまう。
正論こそが全てなの? 是とされるべきなの? って今まで何度思ったか。…話を元へ戻すけど、周りに気を遣い過ぎて心に余裕がなくなったり、心の栄養が行き渡らなかったりするくらいなら、もう少し。
あと少しだけでも、自分に意識を向けてみる練習をしてもいいんじゃないかな。
もちろん、度が行き過ぎて自分ばかりになってしまってもダメだけどさ…
自分が好きなもの
自分の気持ち
大切にしたいこと
これらの全てをいっとき、見失ったことがありました。周りに合わせてばかりいるから自分の気持ちが見えなくなって、苦しい思いをたくさんしました。
でも今は、それは苦しいだけだから、口頭で伝えられない思いはここで吐き出すってことを身につけて、心を健康に保つための訓練をしています。
しんどかったら「しんどい」助けて欲しかったら「助けてほしいんだ」、そんなふうに気軽に言えるようになりたくて。でも心の中にはいつも、何台もの監視カメラがありました。
自分を24時間監視できるように、隠しカメラを脳内に設けていたのです。📸
しんどくても多少は自分でこころの問題を処理できなくちゃダメだよねぇ、それくらい一人でできなかったらこれから先どうするの? とか、もうそれはそれは色々な声が飛び交うわけです。
でも、平日そうやって何台も稼働しているわたしの見張り役が、休日になってオフモードに突入するとそれはそれで、『こんなに休んでて良いのかな?』『自分を見張ってくれる役割がいない、不安だなぁ』って…
ギャーギャー騒ぎ出すわたしです。
どちらにせよ、自分を厳しく取り締まってないと不安なわたしは心がいつも休まらない。
多分、これを見ているあなたは
『全く、どこまで不安に踊らされてるんだこの人は』って思ってるでしょう(笑)
でも、でも…
わたしだってしんどいよ!
こんなふうになりたくなかったよ!
心の叫びは届かないまま、空中へ消えていく。
こうやって思考が見える化されていくと、幾分かマシになるわたしの脳内。
急き立てられるように毎日noteを更新しているのも、わたしの心の中の掃除をしたいっていう根本の気持ちから来てるのかも。
焦っても、ゆっくりでも、一日の流れ方は一緒なんだったらー
今一度 頭を初期化しよう
そんなふうに考えてみた夕方の出来事。
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