抜粋意訳 『熊とワルツを リスクを愉しむプロジェクト管理』 トム・デマルコ
リスクとは何か
「リスク」とはまだ起きていない問題のことを指し、「問題」とは既に現実に発生したリスクのことを指す、と整理することができるだろう。
多くの人は既に発生した問題に対してどのように対処すれば良いかと言う「問題管理」については準備を重ねる。しかしそもそも問題が起きないようにするための施策、つまり「リスク管理」についてはあまり考えていないようだ。あまり考えないどころか、全く発想しないことすらある。
ほとんどのプロジェクトマネージャーは「やらなければいけない仕事」について計画を立てることはかなりうまくやる。しかし「やらなければいけないかもしれない仕事」、つまり現在は存在しないが将来発生するかもしれない不確定な仕事についてうまく計画を立てられる人はほとんどいない。リスク管理とはそれらに取り組みための考え方だ。
リスク管理と不確定性
リスクを管理することの障壁の一つに、リスクの発生可能性が不確定すぎることがある。曖昧さを根拠にした計画を立てるのは嫌だ、不確実なものにコストを払うのは承認できない、幅のありすぎるスケジュールでは緊張感が生まれない。これら不確定性は種々の問題を生み出す。
しかしリスクと不確定性は不可分であるからして、リスクを管理したいと思った以上これを避けて通ることはできない。
「このプロジェクトは今年中には完成しないことはわかっているが、それ以上はわからない」
と言うプロジェクトマネージャーと、
「このプロジェクトが年内に完成する可能性は 0 % であり、来年の 4 月までに完成する可能性は 50 % であり、来年の 9 月には間違いなく完成しているだろう」
というプロジェクトマネージャーのどちらが信頼できるだろうか。
不確定な未来を評価することは難しいが、それでもある程度数量化・可視化することはできる。信頼や計画はそうした先にしか生まれないし、リスク管理でも同じことだ。
リスクに対してできること
リスクへの対応とはとどのつまり、以下のいずれかである。
リスクを回避する。
リスクを抑制する。
リスクを軽減する。
リスクを受け入れる。
リスクを回避するとは、リスクが生まれる状況に身を置かないことだ。
例えば浮気の発生というリスクを忌避するならば結婚しなければいい、という結論に至ることだ。
リスクを抑制するとは、リスクが発生した場合の時間や資金を準備しておくことである。
例えば浮気がバレた時のための慰謝料をあらかじめ用意しておくことだ。
リスクを軽減するとは、リスクが実現する前にコスト軽減のための措置を打っておくことだ。
例えば浮気をした日は必ず服をクリーニングするという習慣とコストをかけることだ。コストは確定でかかってしまうが、浮気がバレるという最悪の事態に至る確率を下げることができるだろう。
リスクを受け入れるとは、リスクに対して何もせずに徒手空拳でのぞむことだ。
例えば浮気はバレるかもしれないが、得られる快楽には替えられないと割り切って毎晩夜の街に消えることだ。
リスク・エクスポージャー
リスク・エクスポージャーとはリスク抑制コストの期待値のことだ。以下の計算で求められる。
> コスト * リスクの発生確率
浮気がバレる確率が 10 % で、浮気がバレたことによって離婚することになり慰謝料が発生したと仮定した時のコストが 3000 万円だと仮定する。この時のリスク・エクスポージャーは 300 万円である。
この 300 万円を予め用意しておくということがリスク抑制にあたる。
エクスポージャーではないが、浮気がバレる確率を下げるために浮気一回につきクリーニング代 1 万円を払うことを 100 回行う ( つまり 100 万円をかける ) のがリスク軽減だ。確定で 100 万円はかかってしまうがエクスポージャーで算出されるコストよりは低く実施でき、かつリスクの発生確率を下げることが期待されるので有効な方法と言える。
何もせず浮気がバレないことを神に祈ることがリスク受容である。
リスク管理
この業務は主に以下の活動で構成される。
リスク発見
発生確率の分析
リスク・エクスポージャー分析
軽減措置の計画
問題対応の計画
リスクの監視
#1 ~ #6 のプロセスの継続的実施
リスクは取るべきか
全てのリスクを管理すべきかと言えばそういうわけでもない。全てのリスクは、それに隣接する価値を無視してその重要性を判断することはできない。
プロジェクトの所産が生み出す価値が大きいのであればリスクは管理されなければいけないし、そうでないならばリスクは取られるべきではない。
例えば結婚をプロジェクトに見立ててみる。このプロジェクトが生み出す恩恵は計り知れず、多くの価値を生み出す活動と言える。従ってこのプロジェクトの失敗は、コストを払ってリスク管理してでも必ず避けるべきだということができる。
対してナンパをプロジェクトに見立てるならばどうか。声をかけたことで訴えられるリスク、振られたことで精神的に傷つくリスク、などリスク管理の対象には事欠かない。しかしこのプロジェクトが生み出す価値はせいぜい一晩の快楽だ。リスク管理するだけの価値のないプロジェクトと言えるだろう。
気をつけなければいけないのは、大きな価値創出に携わっているのにもかかわらずリスクを考慮しないことだ。
リスク管理チェックリスト / あなたはリスクを管理しているか?
リスク調査が行われている
継続的にリスク発見のためのアクションが行われている
発見されたリスクについての発生確率やエクスポージャーが数量化されている
全てのリスクに問題への移行判定が決められている
全てのリスクに軽減計画と問題発生時時の対応計画が決められている
プロジェクトの価値が数量化されている
この中で実践していないものがあるのであれば、あなたはリスク管理についてまだできることがある。
これらのリスク管理を行うことは、重要な大人への第一歩だと私は考えている。
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