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1場面物語~風達の歌~

風の強い嵐の夜。
みんなは大木のウロに縮こまり朝になるのを待つことにしました。

『大丈夫かな?折れたりしない?』

まだ小さな子達は不安そうに揺れる枝を見ています。

『大丈夫。この木は私達を何時も護ってくれる。折れやしませんよ』

大きな子達がそう言ってなだめます。

風はまるで怒ったようにウワンウワン唸りみんなのいる大木を容赦なく揺らしていくのでした。



森の大木はウロに小さな仲間たちを招き入れたあと、ただ風の声を聴きました。

「とっても楽しい」
「楽しいね」
「うんっと遠くまで遊びに行こうよ」
「もっとはやく流れてみようよ」
「この森も楽しいね」
「葉っぱがわさわさしてるよ」
「ねぇ!緑の香りが移ったわ」
「オシャレ」
「おしゃれだね!」

風達はお喋りです。
楽しく遊びながら旅をしています。
たくさん集まるとそれは賑やかな嵐となり
飽きるまで大地を旅するのです。

「いい森ね!」

風は大木にそう話しかけました。

『有り難う』

大木は静かにそれだけいいました。
ウロの中の仲間達はソレが少しだけ不満です。

『風達に少しは大人しくするよう言ってください』
『風が何を言ってるかわからないけどこわいよ』 

ウロの中の仲間達には風の楽しげな声は強過ぎて聴こえません。
言葉になる前に飛んでいってしまうのです。

『風はとめられない。自由なものだから。大丈夫。朝には旅立つよ』

大木は優しく、優しく話しかけます。
みんなはそんな大木を心底信頼していましたから、黙ってまた縮こまりました。

風達はただひたすらに楽しそうにお喋りを続けました。いくつもの声が森を駆け巡ります。

「夜には抜ける?」
「抜けるね」
「朝日に輝くこの森もみたかった」
「そうね」
「そうだね」
「もう二度と会えないのに残念ね」
「そう」
「そうなんだよね」

風達は過ぎた場所に戻ることも
同じ場所に留まることも出来ませんでした。

美しい海も
美しい山も
仲間と通り過ぎていくだけでした。

少し寂しい時もありますが
風達はそんな生き方も嫌いではないのでした。

「私達は自由だから」
「形を持っていないから」
「優しく吹くこともあるけれど」
「賑やかに吹くこともある」
「誰かの背中をそっと押すけど」
「誰かの行く手を阻むこともある」
「私達はそういうもの」
「形もなく消えゆくもの」
「楽しさと孤独をもちあわせるもの」
「風とはそういうもの」

風達は歌いながら旅を続けます。

「さよなら。緑の香りを有り難う」

最後のひとなで。
森のはしにいた大木の枝を揺らした時でした。

『さよなら。またいつかお会いしましょう』

風達はその言葉に少しびっくりして渦を巻きました。
でもすぐに解けて旅を続けます。

緑の香りを持ちながら。
不思議な気持ちをもちながら。


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