
今から15年前に私らしいこと書いてて笑う。そして、ペラペラと今の私も書こう。
2007年。
10代後半の私が書いていたこと。
私という人間の考えたこと。
例えば、今あなたがすれ違った人は運命かもしれない。沢山の人が、それぞれ異なった理由で行き来する街中。それでも、あなたの横を彼は、彼女は通っていった。
これは、もう運命だ。
別な話になる。
宇宙人だ。実は、あなたの近くに潜んでいるかもしれない。
また、別な話になる。
死んだら起きる。これは、わたしの考え。
死んだら、
何処かの朝にいて、
夢を見ていた事になる。この世界が夢。
夢かもしれない。
夢の世界は、けして桃色などではないのかもしれない。
そこには、きちんと痛みや苦しみが付きまとう。かわりに、光がさす事をしる権利をつかむ。
終わりがあるから、始まりは生まれた。
始まりを、始めるために終わりは生まれた。月が自分を光る星にしなかったのは、
強い光りに潰されて、見えなくなってしまった何かを守るためかもしれない。
光は、光すぎない方がいい。
静かな柔らかな光が好きだ。
夢を見る。
夢を。
暖かな日差しの下で、私が言った言葉は
「 」
っと、ここまでが過去の私。
そして今の私↓下に書き出したらやたら『死』という言葉が出てきてしまっておる。
別に暗くはない。私的には。
でも、そういうものはちょっとでも触れたら鉛だという人は閲覧注意かもしれないと先に書いておく。
そうだ。
この頃は「いい朝に起きる」ことを目標にしていた。
当時の私の言う「いい朝」はこの世界ではない。
自分で死ねないと感じていたから、死を待つまでのこの時を少しでも素敵なものと思えるように、私なりに考えたのだろう。
ピーターパンが迎えに来たらいいのにと思っていた時もある。ネバーランドに行くということは、この世界とのサヨナラだからである。
理想の死に方を調べてウットリしていた事もある。
因みに当時の理想は凍死であり、自宅で出来る凍死の方法も知っている。
やけに明るい。
明るく希望を持っていた。
人が避けようとする死というものは、当時の私の唯一の『本当の逃げ道』だったのだろう。
『無理だったら、死んでしまおう。それまでは生きていよう』
何処かでずっとその考えは続いている。
私は死を隣に置くことで、生き抜く。
死を忌み嫌わない。静かに見守ってもらうのだ。
その時まで。私が迷わないように。
後ろ髪惹かれるほど、この世界が好きになれていたら、それはこの世界の勝ちだろう。
見せてほしい。この世界のギリギリを。
当時の私は、私なりに結局必死に生きていると感じる。
ちょっと、いや、かなり残念な馬鹿さを発揮してたりして、今の私は恥ずかしくなる事もあるんだけれどね。
まぁ、己の考えともよく話してる。
あの頃から変わらない。
私はセルフなんだ。
2007年、同い年は大学生。
私は新社会人だった。パートだけど。
ひとり暮らしをしていた。
そもそも、中学を卒業してひとり暮らしをしていたから、ひとり暮らしは慣れっこというか、実家にいたら死ぬか殺すかだと思っていたから、外に出れて良かったとは思っていた。
精神的には病んだままだったわけだが。
それ(一人で暮らすこと)を選んだ事を18歳の小娘は、小娘なりに背負っていた。
いや、よく潰れないで保ったよ。
歪にはなったが。
周りの同年代の子達が、やれ、夏休みだの、試験がどうだのやってる時、私は明日生きる金が尽きるかもしれないような状態で細々暮らしていたわけだ。
あぁ、懐かしい。ケータイ代払えなくて、止まる月が何月かあったっけ。
中学生時代に受けた傷やら、大人の世界で巻き起こる理不尽に、大いに翻弄されながら、それでも、たとえここでくたばっても、実家には戻らないという思いだけで這いつくばって生きていたわけだ。
頭がいいわけでもないし、気が利くわけでもない。容姿も良くない。でも、なんとかやっていけるレベル。
とにかくクソみたいなことが次から次に起こるけど、それも、世の中の悲惨なことに塗りつぶされるようなグレーばっかりで、そりゃ、私の小さな出来事なんて埋もれていくわけ。
しかも、私は理解がはやいんだと思うんだよ。
自分が苦しいのと、他人の幸せと、それの上下そんなもの比べてもなんの意味もないこととか、それでも私の苦しみは苦しみでとか、けれどそれも自分の作った妄想ではないかとか…とにかく色々な視点で一気に考える癖があるから、まぁ、ぐるぐる渦巻いててね。
そして、他人の優しさや温かい言葉に、大いに傷ついてきた。まぁ、それはその色々あってのそれだけどさ。
今でも『死んでも実家には戻らない』という気持ちがあるよ。
家を出てから一度だって、実家に住みなおした事はない。
昔は、出戻りする人の気がしれないと思ってたなぁ。
自分で出るって決めたのに、そんな簡単に戻れる場所があるなんてっ!そんな簡単に背負ってるものおろせちゃうわけ?!てね…。
私が家を出るって決めたのは覚悟だったからね…。
だから未成年だからってあーだこーだ言ってくる母親にはイライラしていたし、結局何もまもっていなかった。だって、仕送りとかしてもらってたわけじゃないもんね。自力で生きていたわけだから。
実家にいた時も、まぁ、普通に当たり前よりちょっと厳しいくらいの感じだったけど、燃えるように怒りが湧いていたっけ。
私、そこで気がついたんだよね。
邪魔されるの駄目だ
って。
私が何かする時は、何処かで命がけなのかもしれない。大袈裟に言えば。
それくらい背負って立つ気でいたから、危ないよとか、子供だからとか、そういうのが例え優しさだったとしても駄目なんだと思う。
今は、それも上手に力にできるようになったと思うけど、小娘にそれは無理だわ。
親に文句だけ言って、スネかじるなんて事はしたくなかった。
だから、私はあの家を出たんだね。
そして、出たから、背負って、背負ったから親だって感覚もどんどん遠のいていったんだ。
あ、これ、纏まらなくなるやつだわ。
髪が冷えちゃった。
お風呂あがりに書き出してさ。
時間切れー。
私には足りないこともたくさんあるよ。
というか、生き方下手かって感じ。
その日暮しすぎる。
生きるだけで割と精一杯な気がする。
だから、周り見るとびっくりしたりするよ。
みんな真面目に生きている気がするんだよ。
でもさ、わからないから。
全部が透けて見えるわけじゃないから。
私は私が見えるその人と、私らしく関われたらいいなって思うし、それが何時かは終わるしなぁって思うし、けどさ、この星が砕けるとき、みーーーーんな宇宙の欠片に戻るんだ。
なんか、それが楽しみっていうか、結局みんな宇宙の欠片になるなら、とりあえず、手の届く範囲が笑ったり泣いたりで、あんまり苦しくないといいなとか、そんなふうに考える。
これが私の考え方なんだよなぁ。
過去の私も、今の私も、未来の私も
どんな私も私だから
私に関わるあなただって、どんなあなたも、あなただって言えるんだ。
好きか、嫌いかは
別の話だけどさ
形が変わっちゃいけないなんて
変わったら君じゃないなんて
そんな事言わないよ。
だから、
何時でも、
らしくいなよ。
その時、その場所の君であったら、それでいい。
ここまで読んでくれた誰かに、有難う。
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