私の隣の席だった君が読んでた本を思い出して、今更読んでみようかと思ったんだ。
有線から流れてくるヨルシカの歌が「アルジャーノン」って名前の歌だって知ったのは、つい最近。
ドラマを見ていない私は、ドラマの主題歌だということも知らなかった。なのに、やけに見覚えのある「アルジャーノン」という言葉に少し首をひねった。
『なんだっけな……なんか似てる言葉…』
『あっ!…でも、あれ?』
割とすぐに思い出したが、検索をかけて長年間違えていたことを知る。
私はあの本の題名を、1文字無きものにしていたらしい。
それが
『アルジャーノンに花束を』だ。
私は『アルジャーノン』をずっと、『アルジャーノ』だと思っていた。
隣の席のマエダが「感動した」と言った本である。
マエダは頭が良かった。
それから、読書家であったし、深夜ラジオを聴いていて、学校で居眠りするような、そんな子だった。
良く言えばさっぱりした、悪く言えば他人に興味の薄い人間だった。
そんな彼が「いや、この本は俺、感動した」と言ったのである。たくさん本を読む彼だが、その言葉は珍しかった。
私はその時、ラノベにちぃとばかり忙しかったので「ふーん…そんなに?」と言って終わった。
気が向いたらあとで読もうかなくらいの気持ち。
因みに、その本はヒロセが読もうと思ってたのを、強奪したマエダが先に読み出したという思い出もある。
私もマエダも授業中に机の下で文庫をひろげるタイプだった。
お互いそこまで仲の良い友というわけではなかったが、なんだかんだ話す方だった。
何時だったか二人で「将来は本に埋もれるような生活をしたい」「本棚に囲まれてね」「「いいよね」」と語らった。私達は、それくらい本を日常的に読んでいたのだ。
どっちがそんな生活を先に手に入れるかと、そんな話で盛り上がった。
マエダは頭がいいから授業中の読書は、まぁ、先生の気持ちは置いといて、いいとして、私は勉強をした方がいい。
本当に。全く勉強にはついていけていない子供だった。
……でも、いいか。
大人の私はちょっと苦い顔をして思い出の私を笑う。
こうしてどっこい生きていて、本についての思い出がある私の方が、私は好きだろう?
大人になったマエダはどこで何をしているのだろう?
今も本を読んでいるのだろうか?
本に埋もれるような家は手に入れていないよ、私。
マエダは手に入れたかなぁ…。
中学の友達は片手で数えられるだけとしか繋がっていない。
だから、マエダがどうしているか、知らない。
因みに、その片手のうちの一人がヒロセがなのが面白い。
当時の彼にはだいぶ迷惑をかけた。
マエダ共々謝りたい。マエダも謝るべきである。
大学生のヒロセが「駅でマエダみたぜ。身長伸びてた」というから「なんだって!マエダの癖に生意気だな」と笑ったのも、もうかなり前。
不思議な気持ちになる。
こうして思い出して、ネットで文庫を買う今。
何が繋がるかなんて、私達にはわからない。
君は、私をこれっぽちも覚えていないかもしれないけれど。
まぁ、シャーペンで刺して起こした事なら忘れてくれていたほうがいい。
「いってぇ…」とは言ったが、君は私を怒ったりしなかったなぁ。
…いや、だって、優しく起こすんじゃ、起きないんだ。先生にみつかるじゃん?本をコソコソ読んで、プリントが白紙の私が。
マエダ共々お叱り受けるじゃん?スヤスヤ寝やがって!!
何気ない日常。暗黒的な中学生生活の中の、ほんの楽しいひととき。
その記憶は呼び起こされた。
歌をきっかけに。
買ったからさ、今更だけど
届いたら、読もうじゃないか。
君が「感動した」というその物語を。
『アルジャーノンに花束を』