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鳥が空を飛び、魚が海を泳ぎ、獣が大地を駆ける様に
ヒトは感情の動物、と言われます。
他の生き物に感情が無い訳ではありませんが、
確かにヒトの感情は、他の生き物に比して飛び抜けて豊かで、
豊かであるだけに複雑とも言えます。
豊かで複雑な感じる力と並んで、ヒトにはもうひとつ、とても発達した、考える力、もあります。
ヒトはこの突出した、感じる力と、考える力のバランスを取ることで活き活きと生きることが出来るのだ、と思っています。
ところが、感じることを取り上げられる環境で育つ人がいます。
当然、突出する二大能力の内ひとつを取り上げられたら、バランスは著しく崩れます。
活き活きと生きる為にバランスを取るのですから、バランスを崩すと活き活きとは生きることが出来ません。
その人は、生きづらさを背負うことになります。
感じることを取り上げられた人は、考えること一辺倒の人になります。
感情があまりにも動かないことを、考えることで埋める様な人になります。
感情の不具合を、思考でリカバリーする在り方です。
外的なショックが大きくて感情が固まり、それをカバーする応急処置として思考を駆使する状況はあり得ますが、
感情を取り上げられる環境に育った人は、常に応急処置、常に緊急事態の様なものです。
思考一辺倒になった人の、思考の使い道は間違っているのです。
感情は常に動いていてこそ機能する仕組みです。
思考は必要なときに集中的に使ってこそ充分なパフォーマンスを発揮する仕組みです。
感情が普段、満足に動いている人であっても、心配事が有ったり、大きなプレッシャーがかかる局面では、寝付きが悪かったりするものです。
外的な刺激によって思考が暴走する状態に陥ります。
思考一辺倒の人は、常に緊急事態ですから、常に思考が暴走している状態と言えます。
本人は生まれ育った環境しか知りませんので、感情が動かないことも、思考が暴走していることも、気がつかない訳です。
本人に自覚が無くても疲弊します。
生きづらさを抱えます。
苦しみます。
そしていつか、動けなくなってしまいます。
原因は幼少期に、親がその人の感情を認めてあげることが出来なかったことにあります。
自分の感情を否定され、拒絶され、咎められて育ったら、
その人は自分の感情を悪いもの、と思い込んでしまい、
感情を抑え込むことが当たり前になってしまいます。
ヒトは感情の動物と言われます。
鳥が空を飛ぶ様に、
魚が海を泳ぐ様に、
獣が大地を駆ける様に、
ヒトは感じるのです。
決して塞いではなりません。
その子の感情を尊重することは、
その子を愛し、
その子を育むこと、なのです。
読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。
伴走者ノゾム