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三浦 さかな
2023年9月23日 11:34
あらすじ 主人公の智也は年子の弟と仲良く暮らす普通の大学生だったが、ある日、医師から血液のがんに罹患していることを宣告される。 治療を受けることになった智也は、家族に支えられ、個性的な同世代の患者たちとも出会いながら、闘病生活を乗り越えていく。しかし、病気を克服したにも関わらず、智也は生きることに前向きになることができずにいた。 〈死ぬ〉とはどういうことなのか、そして〈生きること〉とは何なのか
2023年9月24日 10:21
◆「運命とは何かって、お前、答えられるか?」 キャンパスでいちばん大きな講義棟の裏にある喫煙所は、四限目が始まったばかりの時間で閑散としていた。 煙で霞んだ窮屈な空間のなかで、知らない学生が放ったその言葉が、やけに鮮明な輪郭をもって智也の耳に届いた。 スマートフォンを眺めていた彼は、無意識のうちに視線を上げていた。 灰皿を挟んで向こう側の壁に寄り掛かるようにして、二人組の男子学
2023年9月25日 18:08
↓1話〜はこちら 翌朝、智也が目を覚まして洗面台に立つと、鏡に映った額に特大のニキビができているのに気が付いた。指先で触れると、痛みと痒みを熱で包んだような感覚がある。 顔を洗って髭を剃り、洗面所を出ると、ちょうど身支度を終えた風太郎が廊下を横切っていくところだった。「あ、おはよ」 そう言って智也のほうを向いた風太郎は、めざとくニキビを指さしてくる。「珍しいね」「ああ。なんかできちま
2023年9月26日 18:12
↓1話〜はこちら「あら、ずいぶんさっぱりしたわね」 病棟に荷物を持って到着すると、出迎えてくれた看護師が開口一番にそう言った。入院前の検査をしたときにも外来で顔を合わせた、ベテランの風格がある女性だった。胸元についたプレートに、近藤と書いてある。 智也は何のことかと逡巡したあとで、ああ、と髪の毛に手をやった。「抜けるって聞いたから、切ってもらったんです」 近藤さんは「なるほどね」と笑っ
2023年9月27日 17:57
↓1話〜はこちら ◆「おいしいもの食べてきた?」 一週間ほどの自宅療養を終え再び病棟を訪れると、ベテラン看護師の近藤さんが迎えてくれた。 病室へ向かいながら「ハンバーガーめちゃめちゃうまかったです」と智也が答えると、「そこはお母さんの手料理って言わないと、ねえ?」と付き添いの母親のほうを振り返った。「まったくねえ」と母が笑う。 案内された四人部屋は、智也のほかに二人が入院してい
2023年9月28日 18:20
↓1話〜はこちら ◆ 三度目の入院は、雨模様の朝から始まった。 今回も鷲田とは同じ病室で、彼は智也の姿を見つけると「また無事に会えたな」と口角を持ち上げた。少し怠そうだった。抗がん剤を投与してすぐに表れる吐き気などの副作用を引きずっているのかもしれない。智也は鬱々とした気分になった。気乗りしないまま、治療に備えた検査や処置を次々と受ける。検査部の待合室は、相変わらずごちゃごちゃ
2023年9月29日 18:17
↓1話〜はこちら いつの間にか、病院のエントランスに巨大なクリスマスツリーが飾られていた。まだ外来の患者がやってくるには早い時間で、待合スペースは閑散としていた。誰に見られるわけでもなく点滅を繰り返す電飾の健気さが、その場の静けさを際立たせる。 智也は院内のコンビニを目指して歩いていた。治療は、四クール目の終盤に差し掛かっている。体調は優れていた。点滴台を持たなくていいからとても身軽だ。
2023年9月30日 11:35
↓1話〜はこちら その日、三回目の電話が鳴ったのは、またしてもジロウの足を拭いてやろうとしているときだった。スマートフォンをとりだして画面を見ると、そこには見覚えのない番号が表示されていた。訝しく思いながらも通話ボタンを操作する。すると、「お久しぶりです」 掠れた女性の声が聞こえてきた。ついさっき深い深い眠りから覚めたばかりのような、ゆったりとしたトーンだった。声の主が誰か分からずに戸惑う