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短編小説

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2021年11月の記事一覧

【小説】カラスの子

【小説】カラスの子

 朝の情報番組で、30代の男が家出した少女を自宅で軟禁し、逮捕されたというニュースをやっていた。
「私は彼女を助けたんです」
 警察の取り調べに対して、容疑者の男はそう供述したそうだ。

 僕は何の気なしにそれを眺めながら、味のしない朝食を無理やりに飲み込んで、機械のように外出する準備をしていた。

 アパートを出ると、太陽の光と冬の寒さが肌に刺さった。コートのポケットに手を突っ込んで、別に急ぎた

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【小説】君が月(1/1話)

【小説】君が月(1/1話)

約16000字
おじいさんが主人公です。
もしも頭の中で過去と現在の見分けがつかなくなったらどうなるんだろう、という空想から生まれた物語です。

   *

 目が覚めると、隣で眠っているはずの君が、いなかった。

 パジャマからセーターとスラックスに着替え、一階へ下りていく。家の中は物音ひとつせず、空気さえもまだ眠っているかのようだった。リビングへ続くドアを引くと、キイ、と蝶番がきしむ音がやけに

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【小説】少年とクジラ(1/1話)

【小説】少年とクジラ(1/1話)

 ある少年が、一頭のクジラに出会った。
 月光の欠片が海面をきらきらと漂う、静かな夜だった。

 少年は真っ暗な海底のような表情をしていた。
 クジラのほうも、月のように穏やかな瞳で少年を見つめていた。

 少年が口を開いた。
「人間の世界はつまらない。窮屈で、貧しくて」
 少年の言葉が泡になって上っていく。
「もう、嫌になったんだ」
 少年は、目を伏せうつむく。

「あなたは何もかも知っているん

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【小説】少女と風(1/1話)

【小説】少女と風(1/1話)

 ある少女がひとり、海を眺めていた。
 レモン色の陽射しが、水平線を照らしている。

 ふいに、少女の耳に声が届いた。

 「知ってる?あの海の中にはね、全部があるんだよ」

 はっとして辺りを見渡すものの、生き物の気配はない。
「全部?」
 少女は思わず聞き返し、じっと耳を澄まして答えを待つ。

 すると再び、声が聞こえた。

「そう。もう二度と戻らない命も、いま生きている命も、これから生まれる

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