岸政彦全著作ブックリスト(2021年1月時点)

「えっ、インタビューって有名人にするものじゃないんですか!?」

 私が岸さんの名前を知ったのは『断片的なものの社会学』だった。
偶然ネットで表紙を見て何かに惹かれ内容も知らずに手に取ったのを覚えている。はじめはインタビューは有名人にするものだと思っていたのに、岸さんは街の「普通」の人々に今までの生活について聞く。
 読み終わった後私は見知らぬ、どこかの街に住んでいる、名前も知らない誰かの生活に惹かれてしまった。普段の日常生活の中ではかかわることのないキャバ嬢やヤクザ達…。それでも話を聞いていくといろいろな人生があって、いろいろな生き方があって、それぞれ本人にとっての合理性をもって生活をしてきたことが読んでいる自分にも理解できる。そしてそういった普段かかわることのない人々の生き方に時に憧れたり、悲しんだり、共感するのだなと思った。

以下、私が読み進めていった順番に短くはあるが作品を紹介したい。

①『断片的なものの社会学』
 「マイノリティ、マジョリティ」とは、「普通」とは、「幸せ」とは…… 何ともないように扱われてしまう断片的な物語が誰もが考えたことがありそうな問いの一つの答えを教えてくれる。
②『街の人生』
 『断片的なものの社会学』と違って筆者の考えなどは書かれておらず、色んな人の日常を聞き取ったとりとめのないインタビュー集。きっとどんな人にも物語があるなって感じた。読めばきっとインタビューをしたくなる。
③『ビニール傘』
 都市の曇り空のような空気感に包み込まれている。都市って自由だけどその一方で誰もが孤独だ。一人じゃなくても独りだったり、突然約束も無しに一人になってしまうこともある。寂しいけどみんな孤独なんだなと何となく受け止められた気がする。
④『はじめての沖縄』
 内地の人間が沖縄に思いを馳せてしまう「沖縄病」、そして「沖縄らしさ」とは。 沖縄のガイドブックではないが、まだ沖縄に行ったことのないわたしにも沖縄のことを考えさせ、沖縄に導いてくれる本。
⑤『マンゴーと手榴弾』
 われわれは他者の語りによって他者を理解すること、自己責任論から解放することができる この本の中に登場する実際の語りに触れることで筆者とともに語りから「理解」を作り上げる瞬間を追体験できた気がする
⑥『質的社会調査の方法――他者の合理性の理解社会学』
 何気ない会話をすることやスナップ写真を撮ること、二度と戻ってくることのないものを残したいという人には「生活史的センス」がある。この一冊で「インタビューの方法」から「卒論の書き方」「なぜ社会学が必要なのか」まで分かる。早く読めばよかった!
⑦『社会学はどこから来てどこへ行くのか』
 社会学者が今までに経験したことを語りながら「これってこういうことだったんだよね」と理論や解釈を混ぜて語る対談集 ページをめくるたび自分にも当てはまることにぶつかって、あの時あんなことしなければよかったとか後悔と反省をしながら読んだ
⑧『愛と欲望の雑談』
 最初から最後まで「わかる!!」の連続の「雑談本」だった 他者の合理性を理解しようと研究されている岸さんの「察してほしい、言葉にしたら価値が減るみたいなのはあるけど仲の良い相手にこそ言葉で伝えるってすごく大事」って言葉がすごく響く
⑨『同化と他者化』
 統計データ、語りから沖縄の集団就職について調査し沖縄のアイデンティティの構築について考察した 岸さんの専門である生活史からどのようなことが読み取れるか、語りの価値がよくわかる一冊になっている
⑩『図書室』
 大人になるということは悪いことではない、しかし子供のままでいることも悪いことではない。社会に出なさいと自立することが求められる年齢になってしまった私にとって、ひとまず立ち止まって生きるということを考えさせてくれる本である。大人になりきれず、かといって子供でもない、そういうもどかしさを抱える人に読んでほしい。
 詳細はこちら https://note.mu/namacom/n/n1b8adf185ece
⑪『リリアン』(『新潮2020年5月号』)
 『ビニール傘』『図書室』と同じく特別なことは無いんだけど、岸先生の小説って「なんかいいな」って思える。
時系列とか場所が交錯するのも人の語りとしてはむしろ自然なことだし、そういう語りのような小説だから岸先生らしいいい小説なんだなあと思う。
 https://twitter.com/nama_com/status/1259746746495676417
⑫『地元を生きる

⑬『100分de名著 ディスタンクシオン
 ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオン』の解説本。
ディスタンクシオンを希望のない、決定論として読んでたけどブルデュー本人が言った「重力の法則は飛ぶことを可能にする」という言葉に、番組を見て本を読み終えてから返ってくると、なにかじんわりとした希望が浮かび上がってくるのを感じた。
 https://twitter.com/nama_com/status/1344221242501447683
『大阪の西は全部海』(「新潮」2021年2月号)

 はじめに『断片的なものの社会学』を読んだときは「これが社会学なの!?」といったイメージだった。いままで社会学のイメージは社会を社会学の理論を当てはめて解釈をするもので、ここまで社会をミクロに、個人に焦点を当てたものも社会学なのかと正直びっくりした。
 その中で岸さんの本を読みすすめていくと、伝えたいことが一貫しているということ、それは小説にいたってもエッセイにいたっても研究にいたっても同じであること、また個人に焦点をあてないと見えてこないことがあるということがわかってくる。誤解を恐れずに言うと岸さんは珍しいことをやっているのではなく、ただ地道に研究をしているのである。そしてその作品はいまや社会学以外の幅広い人々からも共感を得ている。

 私がはじめに岸さんの本を薦めるとしたら『断片的なものの社会学』『街の人生』『ビニール傘』の3冊のうちのどれかである。「インタビューとともに岸さんの解釈も読みたい」、「インタビューのみを読みたい」、「小説が好き」といった各々の関心で選んでもらえればよいと思う。
 『同化と他者化』『マンゴーと手榴弾』『社会学はどこから来てどこへ行くのか』は分量もあり専門的でかなり読み応えがあるが、岸さんの研究に対しての考え方や研究の舞台裏を知ることができるので、他の本を読み終えてしまった人にはぜひ挑戦してほしい。
 『はじめての沖縄』は一連の本の中では中間的で専門的な岸さんの研究スタンスも書かれていながら読みやすくなっている。
 『質的社会調査の方法』は教科書だが実践的で読みやすい。岸さんのような研究がしたいという人はもちろんのこと、インタビューをする人や、ライターの人にとっても役立つ内容となっている

 心理学では「根本的な帰属の誤り」という考えがあり、個人の行動を説明するにあたって、気質的または個性的な面を重視しすぎて、状況的な面を軽視しすぎるバイアスがかかっているとされている。この「根本的な帰属の誤り」を解く方法は、他者からより多くの情報を聞き、理解することだとされている。それはまさに岸さんのされている生活史調査ではないかと思う。岸さんの調査から生まれた文章を読むことによって私たちは「根本的な帰属の誤り」を解くことが出来る。それが岸さんの言う「他者の合理性の理解社会学」であると私は解釈している。
 余裕のなさや、他者を理解しようとしないことから起こる「自己責任」が社会で蔓延している。しかし日常においても私たちは「しろうと社会学者」として相手の行動や言動から次を予測したり、思い違いを解きほぐそうとするといったことがある。私たちも些細ではあるが、相手から話を聞き、そこから相手のことを理解しようとしている。岸さんの本を通して生きづらさからの解放には他者と話し、理解することがよりよい社会を構築する上で必要なのではないかと思うのである。

補)もっと他者の合理性を理解するために…
・唐沢かおり『なぜ心を読みすぎるのか:みきわめと対人関係の心理学』
 専門的だが多くの実験をもとに理性ー行為性と感情ー経験性の二つが他者を見極める材料になっていることを提唱。特に最終章は他者の心を読むことの難しさを受け入れながら、そのことへの希望が書かれていておすすめ。他者理解の心理学的メカニズムが理解できる
・ラッタウット ラープチャルーンサップ『観光』
 自分とまったく異なる人々の生活を描き、それなのになんとなく理解できてしまう。という点ですごく素朴なのだけど、生活史的。岸政彦さんファンの方におすすめしたい小説。『はじめての沖縄』や『マンゴーと手榴弾』とともに。
・貴戸理恵『「コミュ障」の社会学』
 構築主義という点で岸さんの本に近い(と私が勝手に思っている本)。生きづらさを自己責任として引き受けなくてもいい、自分の周りの場の問題として捉えなおすことも出来る。「コミュ障」とあるが、いきづらさを抱えている全員に読んでほしい。この本から当事者研究に興味が出た。

 最後にお忙しい中、原稿に目を通してくださり当記事の許可をしていただきました岸政彦先生に感謝申し上げます。

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