やる気のお話
コアラはいいぞぉ、楽だぞぉ byコアラ
コアラさんの心の叫びは無視しつつ。
いつもと少し違う話をしてみようかなぁ、と思いまして。
まぁ、その、疲れてるんですよ。疲れてるとはいえ、勢いづけば元が集中力が高い方なので、ダダダっとやってしまいますが、実はその後結構疲れてたりします。
また、精神科通院してると言いますが、現在は全般性不安障害という症状になってます。が、その前はうつ病という感じで。
やる気には一過言あるのだよ!(ドヤァ
って胸を張れる物ではないですが、色々感じたり自分で掘り下げたりして感じた事なんかを書いてみようと思います。
そもそも、やる気とは?
結論からいうと、散々考えたけどわかりません。
まぁ、自発的に動こうとする、やろうとするというのはあるにはありますが。
というのも、自分ではやる気が対してないのに、周囲は何故かそういう風に見てしまうというのも、嫌でも経験してきてます。HSPとか語る時の、真面目過ぎ、頑張り過ぎというのもこういう部分の内。
客観的に判断すれば、確かに周囲よりは色々やってるし、気を遣ってる様にみえるんだろうなぁというのはわからなくもないんですよね。
ただ、感覚が違うからなのか「現実としてやっておく必要が有る事」という感じで、何がどうあれ自分もしくは誰かがやらないといけないんだけど、周囲にいる誰かがやるどころか、逃げようと言い訳をするので、自分がやってるという感じで。
やる気とか、頑張りとかないんですよ。いや、本当に。
そうは言っても、こういう部分も個人の感じ方が違うのでズレるのも仕方なしなんですよね。
で、今は全般性不安障害ですが、以前はうつ病という診断で。
そう診断されたときは、お前は頑張り過ぎたから、真面目過ぎたからという反応って結構ショックだったりもしてました。
だってその、周りがやらない、出来ないという、そういう状況だったというのが、私としての言い分でしかなかったんですよね。
かと言って、当時は仕事もしてて休職してたのですが、「戻らないと、戻れないくらいにやる気が出なくなるから」と、3か月ほど泣きながらベッドとお友達って期間があって、抜け出たら途端に復帰しろとしかいわれなくなり。
これが逆効果で寧ろ、気持ちが沈むだけでした。
と、色々書きましたが、やっぱり「やる気」って言葉が出てこないだけでなく、ベッドとお友達してた時も、このままじゃいけないからって足掻こうとしてたんですよね、内心では。
でも、それを口にした所で、社会復帰が出来てない=やる気がないから、みたいにも言われてました。まぁ、うつ病ブームの入り口だった頃で、認知は進んできたけど、病理とかが理解されず結局割と昭和だ平成初期だみたいな、根性論がまだ残ってた頃ですけどね。
やる気がない訳じゃない
ハッキリ言っておきますが、言い訳でも何でもなく実際に「やる気」というか復帰しなきゃいけないみたいな気持ちはあったんですよ。
それでも、動こうとすると体の方の反応として、ストップをかけに来てるのか気持ちが沈むような状態が発生してしまい、それで身動きがとりづらくなるという感じでした。
下手すると、個人的には幼少から辛い経験が色々あったので、それすらも勝手に思い出されて悲しくなってしまう、という感じで。
なので、復帰しないんじゃなくて、出来ない状態なんですよね。病院からもそういう説明してもらいましたけど。
なんかもう、戻ろうとして体が動かないからと気持ちで動かそうとすると、自分の内側が飛んでも無い事になるみたいな。
例えば、うーん。
辛かったり悲しかったりしたときって、体の中がざわつくと言うか、何がどうあるわけでもないのに、そういう神経の働き=信号が駆け巡る感じってないですかね?
それが、気持ちや気分で「うごくぞー」ってすると、一気に出て来て気持ち悪くなってしまう、そんな感じ。
現状、それが悪化しすぎたというか、起きて作業をしようとすると何でか泣いてしまう、目に涙が溜まってしまうという感じにもなったり、下手すると眩暈に吐き気、吐くわけでもないのに「おええええええ」という声が出てしまうという感じなんですよね。
下手すると起きてるだけでも、「おえええええええ」ってなってますし。
まぁ、元々がやる気以前に、やらないと周囲から余計なちゃちゃがタダでも入るので、そうならないように普通を演じなきゃいけない=無理矢理気力で動かしてるというタイプだったので、
ツケがまわってきたかなぁ、これは。
とか思いますけどね。周囲がどうあれ、強く出なかったのも自分ですし。
でもなぁ、色々あったからなぁ、トホホ。
上辺の判断と、あなたの為
ハッキリ言って、これは絶対にノーです、ノー。
間違いなく。
言葉でのコミュニケーションが取れないまま、当事者じゃないのに親兄弟だからとか、心配してるからとかは、完全に勘違いです。申し訳ないんですけどね。
そういう状態になって、カウンセリングが進められるのは、そういう背景があるからなんですよね。
傾聴と受容って感じで、話を聞きながら相手に話させて、その事で気付かせる、実感させるというのが大体の手法だと思います。時には聞き返すくらいの事はすると思いますが、兎に角話す側が話の主体になると思います。
結局は周囲の身近な人が聞いてるつもりになってるだけで、何でそう言うのか?と深い部分に触れようとしない=上辺の言葉だけで判断する、だけでなく、聞く側の価値観や物差しで物を言ってしまうのが問題なんですよ。
しかも、テレビはこう言ってるとか、雑誌でこう書いてたとか、他人の言葉に責任を押し付けるかのように、誰かの言った事を全く違う当事者に言っても、そりゃそうなりますよね?って話でもあります。
あなたの為って言いつつ、自分の理想のあなたになって欲しい、そういう感じって言うんですかね。
あと、そういうつもりはない、とかも、じゃあどんなつもりなのか?と聞き返されるだけです。ここで、ちゃんと”自分の言葉”で”本当にあなたの為だ”と伝えられなければ、届かないですよ。
こういう部分でも、良い悪い、正しい間違いというのは、持ち込まない方が良いとも個人的には思います。
そもそも、そういうのって言葉じゃなくて、態度や行動で普段から示してないと、言葉だけじゃ嘘くさく聞こえてしまうんですよね。
気持ちが沈んでるから。
子供だった場合
子供だろうが、大人だろうが一概にこういうタイプとは言い切れないので難しい所ですが。
「親だから」という、自身の立場を持ち込むのは危ないと思います。
それなりの年齢になっても、やっぱり子供にとっては、最終的な味方になるのは親なんですよね。
親なのはわかるけど、子供としては親だからこそ分かって欲しい。そういう経験ってないですかね?
これが、親になった途端、手のひらクルで「子供のくせに!」になる人は多いのではないでしょうか。
そして、ここの部分で割り切れる子供は、そうそう居ないと思います。
また、子供とは言え色々学んでたり、感じてる子も居て、現状なんて兎に角大人が無駄に揉めてるばかりで、感染症を収めるのが先じゃないの?と疑問に思ってても、言うと子供のくせに!!ってキレられるから言えない子もいると思いますよ。
今朝方Twitterで、体育の時間にマスクを外すよう呼び掛けても外さないのは大人のせいだ!大人がマスクを外してください!とか言ってる人居ましたけど、これ体育の時間以外になるとマスクを付けなさいに変わるんですよね。
そして、そうあると、
・体育の時間なんて外に出てるのに外すんだから、外していいじゃないか!
・外すも何も、外すと人に責められると教えたのは親や大人たちだから
・テレビなんかで、マスクを付けて無い人批判をしてるのを嫌でも見てる
それぞれが、それぞれの理由から、
何で体育の時間だからって外すの?外に出てるのに外すの?
熱中症が問題なら、暑いだけでなく、現状と合わせて体育をなくせばいいじゃん?
こういうのが子供の心理だと思います。うん。
子供の為と言いつつ、子供に発生しそうな心理や気持ちを全然考えてないんですねぇ、これが。自分の理想の為じゃないかっていうね。
こんな感じでね?
子供だろうが一人の人間であり、個人なんですよ。
そこを無視して、当事者への聞き取りや、気持ちの受け止めしないまま、大人の理想だけで、物を言ったって聞きやしません。
そもそも、そういう子の親って普段から政治や世の中への不満とかを子供に聞こえるように話してたりしないですか?
意外とこう、関心が無いようでちゃっかり把握してる。
そんな子供も隠れてると思います。
って、話がずれてる感が...。
まぁ、なんだかんだで、子供に何かをやらせたくても、子供の方から自発的に物を言う、行動を起こすという、気持ちを起こさせるには?が抜けてるんじゃないでしょうかね。
こういうのも、子供に「やる気」を起こさせるという事で。
まとめ&後記
最後はこう、いつも通りというか、お粗末というか。
現在、全般性不安障害ではあるものの、合わせて抑うつという状態だったのが、流石にもう抑うつの期間が長いだけでなく、色々問題もあるという状態になってたりします。
なのでまぁ、色々あって症名が変わるのかも?という状態です。
さーてー。
やる気に限らず、ネットでこう言ってるからとか、テレビではこう言ってるから、有名、著名、何らかの肩書がある人が言ってるから...
そんな事言っても、当事者とは完全に無関係なので、説得力のせの字もないレベルの話にしかなりませんよ...。
うん。
また、やる気と言っても、何がどうあればやる気なのかは掘り下げてみると、常識とか普通とかそういう概念だったりもして、それって自分のやる気なのか?それとも強迫観念みたいなものからの追立てなのか?の線引きって凄く難しくなります。
ここを誤魔化して頑張り過ぎたからこそ、うつや、不安障害、パニック障害他、色んな精神疾患に行きつくわけで。
ゆっくり休んでる状態でも、外乱も多いので意外と休めてないというのも実情、そんな人もいるんじゃないかなぁ?って思います。
なので、長い期間休んだ=回復したにはならないというか。
そもそも、寛解=現状は落ち着いている、という言葉を用いる事もあります。
ガン等でも、転移がない、腫瘍も見当たらない、各検査も問題無いので落ち着いてる、でもこの先でまた再びも考えられるという意味で、寛解という言葉が用いられる事もあるそうです。
時折、家にいるばかりだとやる気を失うだけとかいう人居ますけど、
そもそも外に出るという事にすらやる気が発生してない、そういう可能性をちゃんと考えましょ?とは思います。
HSPの話を書くときに言ってますが、そもそも人って色々漏れてるんですよ。そんなはずは無い!とか言っても無駄ですよ、ってくらいに感じ取れてしまう人って居ます。
なので、個々の当事者と触れ合わないまま、声高にそういう事をいうと、寧ろ精神的なダメージ与えてるという側面もお忘れなく、って思います。個人的に。
コミュニケーション取ってない相手が沢山いるのに、どういう人にその言葉が刺さるのか?考えないで言う人が多いから、やる気がそがれるんですよね。
個人的に、ネット上で触れ合ってる人には、休む事を勧めてますし、無理をしないように声をかけたりします。
というのも、声高勘違いが多すぎるだけでなくネットで自己主張したり、耳からそれとなく聞くだけでも作用してしまい、ストレスや負担になるから、精神的な削れを少なくしてね!って意味なんですよね。
精神的な削れが大きくなりすぎると、起こしたくてもやる気って起きなくなりますし、そうなると責められる事も増えますから。
ただでさえ、現状色々ままならないですし、ストレス過多に誰しもなってると思います。
そんな中ねぇ。
自分しか見えてない人多すぎなのでは?と思うのですよ。
まぁ、私も似たような物かも知れないけど。
という感じです。
それでは。