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ミルフィーユで理解するDXの本質『DXの思考法』

本書では『具体と抽象』と『経営とデジタル』それぞれの往復、そして高度経済成長期から現在までの『日本企業のロジック』を読み解くことで、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質が語られる。そして、話は個人や企業がDX的思考法を獲得する"武器"から、政府を含めたすべてを対象にしたトランスフォーメーションへとつながっていく。

そう言うと何やらむずかしい話になりそうだが、地図やミルフィーユ、本棚から特殊相対性理論まで多彩な比喩を織り交ぜた説明は、デジタルに疎い読者にも理解しやすいよう配慮されている。(『特殊相対性理論』が一般的に理解しやすいかどうかはさておく)

紹介される具体例としては、まず中国で世界最大級のオンラインマーケットを運営しているアリババが登場する。最高戦略責任者だったミン・ゾンによれば、アリババが担っているメカニズムは『ネットワークコーディネーション』と『データインテリジェンス』の2つの層(レイヤー)だという。そこに2層のAPIを利用した独立系プレイヤーの手によるアプリケーションが乗ることで、アリババはレイヤーを増やしつつ成長してきた。このレイヤー構造が、つまりDXを理解するためのカギになる。

そんな超巨大企業の例は参考にならないと考える人もいるだろう。少ないながら日本企業の例もある。本書で語られる20年ほど前に行われたダイセルの取り組みは、多くの製造業のヒントになるはずだ。当時のダイセルは、円高によるコスト競争力の低下と、間近に迫ったベテランの大量定年退職という2つの課題を抱えていた。それを一度に解決すべく、主力の網干(あぼし)工場の生産革新に取り組んだのだが、それは端的に言うとハード(設備)はそのままにソフト(オペレーション)を再構築するというものだった。そのために現場のノウハウ収集と定式化、今でいうデータサイエンティストの領域をすべて自前で行ったらしい。ここでもレイヤー(=ハードウェアのうえに構築した抽象化されたノウハウとしてのソフト)がカギだ。

騒ぎたいだけのメディアが語るDXには"業務のペーパーレス化"など、どうしたらこれでトランスフォームできるのかまったくわからない、しかも20年以上前からあった事例が堂々と登場する。正直、うんざりしていたところに本書を知った。これまでのモヤモヤと鬱憤が吹き飛んだ。

僕と同じくメディアで語られるDX像がしっくりこない方には、ぜひ読んでもらいたい。読みはじめてすぐに、頭の中の霧が晴れるような見通しの良さを感じると思う。

筆者は昨年まで経済産業省の役人だったらしい。役人と聞いて堅苦しい文章を想像していたのだが、先に書いたように身近で多彩な比喩を使って、わかりやすく丁寧に書かれている。

現代に生きる日本人で、これからDXと遭遇しない人はいないだろう。それなら自分は起こす側にまわりたい。解説の最後で言われるまでもなく、危機感とわくわくする気持ちを抱えて読み終えた。

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