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【書評】『黒い光 二〇一五年パリ同時多発テロ事件・その後』松本実穂歌集

歌集の副題が示すとおり、本書は当時リヨンに在住していた著者が、
事件の渦中のフランス、そしてその後を見つめ、思索し、歌として形にした歌集である。
歌集と書いたが、本書は歌と共にモノクロ写真が多数掲載されている。
どちらが主でどちらが従というものではなく、相互に影響し合い読者を強く惹きこむ。
二つの表現方法を持つ著者ならではの、個性的な歌集だと思う。

自爆テロはいまkamikazeカミカズと呼ばれをり若く死にゆくことのみ似たる

劇場の惨状伝ふる中継の声に重なるイマジンの歌

シナゴーグ前に並べる警護兵のひとりひとりの低きBonjourこんにちは

にんげんの死にゐる重み抱きたるマリアにほそき蝋燭ともす

命を産む女に生まれ爆弾を体に巻かれ死にてゆきしか

事件の只中で、主体はテロについて、死について、考えを巡らさずにはおれない。
kamikazeは第二次世界大戦での日本の特攻隊のことだ。
自爆テロをそのように呼ぶ人がいるが、若く死にゆくという以外何も似ていないと淡々と述べる主体。
イマジンの歌は、現場で声を合わせて歌っている人々がいるのだろう。それがニュース中継の後ろに聞こえている。
それは主体の耳にどのように聞こえているのだろう。
勇気づけられるというよりは、むなしく響いているように、私には思える。
明るい響きのあるボンジュールという挨拶も、低く交わされるとまるで違って聞こえる。
教会のマリア像を見ても、これまでどおりには見えない。
主体を取り巻く世界はある時を境に、変わってしまった。

祖国とは土地か言葉かシャガールの絵に浮かびゐる馬と花嫁

曖昧な記憶も職も旧姓も記録されをり盗難届けに

国籍を再び問はるテロ警戒巡視パトカー戻り来しのち

五時間を滞在許可証申請の移民の列にわが並びゐき

雨を来てショア記念館の受付に国籍問はる 石に石の影

著者はまた、事件前後にフランスにいた、というだけではなく、
異国の人間としてフランスに滞在していたという事情を抱えている。
2、3首目は、地下ガレージの倉庫がバールで破られ、盗難にあった顛末を詠った一連のものだが、
こちらは被害者であるのに、ありとあらゆる個人情報を記録され
何度も国籍を尋ねられる。
5首目、ショア記念館とは、第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人大量虐殺の犠牲者に捧げられた記念館とのこと。
そこでもまた、国籍を問われる主体がいる。国籍によって何か変わるのだろうか。
結句「石に石の影」に、薄ら寒い哀しさをひしひしと感じる。
この一首と共にある写真は、でも石でも記念館でもなく、雨が水面(?)に作る水紋である。
歌と少し離れた写真の取り合わせによって、読者はより想像を膨らませることができる。

どこまでが我でどこから被写体か揉み合ふやうにシャッターを切る

息を止めてゐたと気づけり半押しに焦点が合ふまでの十秒

この一連はテロ事件から少し離れ、ダンサーを撮影した時のことが鮮やかに詠われている。
あまりに撮影に没頭して、どこからどこまでがダンサーで、どこからどこまでが自分かすら判然としなくなるのだ。
「揉み合ふやうにシャッターを切る」の臨場感。
カメラの焦点が合うまで、息を止めていたことにも気づかない。

時間から過去がはみ出しゐる夜をひたりひたりと打つて消える雪

ローヌ川に昼を眠りてゐし船が夜に灯りて人をのみこむ

人に名を初めて呼ばるその声の新しきまま夏となりゆく

わき出づる雲をぎゆんぎゆん引き連れてリヨン六区の警察署へ行く

言ひつぱなしの約束のやう夕空に残されてある細き梯子は

テロという現実の只中で、より一層、詩情溢れる言葉が胸に沁みる。
「時間から過去がはみ出す」という独特の捉え方と、そこに降っては消える雪。
昼間は停泊している船を「眠っている」と感じ、その船が夜に起き出して人をのみこむと想像する作者。
前述した盗難事件で警察署に行くときですら、雲を「ぎゅんぎゅん」引き連れていく。
言いっ放しの約束とは何だろう。梯子は夕陽が雲に映る様にも、実際に路地に置き去りにされている梯子にも読める。
どちらにしても、何だか宙ぶらりんの、でも静かで美しい光景である。

今回、この文章を書きながら、自分の知識のなさを痛感した。
そして、どんなに大きな事件、出来事であっても、時が経てば記憶が曖昧になってしまうということも。
この歌集を読み返すことで、著者の眼を借り、少なくともこの事件について思い返し、思考することができる。
それを繰り返すことで、少しでも大事なことを胸に留めていられたら、と思う。
                   (KADOKAWA 2020/2)

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