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共鳴呼吸(レゾナンス・ブリージング): 生体リズムの調和を促す科学的アプローチ

はじめに

皆さんは、日常生活の中で自分の心拍や呼吸のリズムを意識する機会がどれほどあるでしょうか?実は、これらのリズムは、私たちの体調や心理状態に大きな影響を与えています。心拍、血圧、呼吸、消化器の動きといった生体リズムは各器官の働きによって常に生じており、脳はこれらの情報をもとに、身体の状態をリアルタイムで把握し、調整を行っているのです(Engelen et al., 2023)。

生体リズムが安定しているとき、私たちは集中力が高まり精神的にも安定し、ストレスに対しても強い状態です。一方、リズムが乱れると疲労や不調を感じやすくなり、ストレス反応も強まります。生体リズムやその特性を理解し、上手く制御することができれば、健康維持や仕事・学習のパフォーマンス向上にも大いに役立つ可能性があります。


内的感覚(インターセプション)

脳は、血圧や呼吸などの体内からの感覚情報(インターセプション)を常にモニタリングしています。インターセプションとは、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)とは異なる体の内部の感覚のことで、例えば心拍、空腹、喉の渇き、内臓の動きなどもこれに含まれます。


生体リズムと感情・行動の変化

インターセプションの中でも特に、生体リズム(心拍リズムや呼吸リズム)は、感情やストレス応答の調整に深く関与しています。例えば、緊張や恐怖を感じた際には、脳が危険信号を察知して交感神経系が活性化し、心拍や血圧が上昇、呼吸が浅く速くなります。この変化によって、身体は瞬時に行動を起こせる状態に移行します。逆に、脅威が去り安全と判断されると、副交感神経系が優位となり、生体リズムが整ってリラックス状態に戻ります。この結果、ストレス反応が和らぎ、感情が安定します。また、集中が求められる場面では、生体リズムの調整によって注意力が高まり、適切な判断が可能になります。


生体リズムの調和と身体への影響

心拍、呼吸、脳波などのリズムは互いに影響し合い、全身のバランスを支えています。一定のリズムでゆっくりと呼吸を行うことが、生体リズムの調和において重要であることが示唆されています(Glass, 2001; Sevoz-Couche et al., 2022)。


共鳴呼吸(レゾナンス・ブリージング, resonant breathing)

共鳴呼吸とは、1分間に6回(一呼吸約10秒(0.1Hz))のリズムで呼吸を行い、心拍変動(HRV)の振幅を最大化させることで、生理的リズムの調整を促す方法です(Lehrer et al., 2000; Shaffer et al., 2020)。これにより自律神経のバランスが整い、ストレス軽減や集中力向上に寄与すると考えられています(Sevoz-Couche et Laborde, 2022)。

主な効果(研究より示唆):

ストレス軽減:心拍や血圧が安定し、ストレスが和らぐ可能性がある。

集中力の向上:一定の呼吸リズムにより、注意力や作業効率が高まると考えられている。

睡眠の質改善:呼吸が整い、副交感神経が優位になり、深い睡眠を促す可能性がある。


実践ガイド

  1. 静かな場所で姿勢を整え、鼻から5秒かけてゆっくり吸う。

  2. 5秒かけてゆっくり吐く。

  3. 1分間に約6回のペースで呼吸を繰り返し、5〜10分間続ける。

個人差があるため、最適なペースは一律ではありません。まずは1分間に5〜7回のゆっくりした呼吸から始め、徐々に自分に合ったペースに調整しましょう。


おわりに

呼吸のリズムは、意識的にコントロール可能であり、心拍リズムや自律神経系をはじめとした生体リズムに影響を与える重要な要素です。今回ご紹介した共鳴呼吸法を利用することで、心身のバランスを整え、ストレスや疲労への対処がしやすくなると考えられます。

1分間に6回を目安に、ゆっくりとした呼吸を取り入れてみてください。皆様が心身のバランスを整え、生活の質を向上させる一助となれば幸いです。


コラム:共鳴呼吸の進化論的考察

今回の記事で紹介したように、人類は意図的に呼吸リズムを調整することが可能となり、これが他の生体リズムに影響を与える現象が見られるようになりました。

呼吸制御の進化的背景

人類が呼吸を意識的に制御できるのは、進化の過程で脳が大きく発達し、発声や言語活動を行うために呼吸リズムを調整する能力を偶然にも獲得したためと考えられています(Belyk et al., 2017;
Ravignani et al., 2022)。多くの動物では、呼吸を含む生体リズムは無意識に制御され、脳はこれらを個体の状態を正確に反映する情報として認識しています(Engelen et al., 2023)。

仮説:共鳴呼吸の要因

これは筆者の仮説ですが、共鳴呼吸は、進化の過程で人類が獲得した複数の要素が組み合わさった結果、生じた現象かもしれません。
まず、発声や言語活動のために得た呼吸制御の能力が一つの要素です。そして、意識的な呼吸調整によって、生体のリズム監視システムに意識的に介入し、脳に「心身が安定している」と認識(あるいは錯覚)させることが可能となった点がもう一つの要素です。
これら2つの要素が複合的に働いた結果、共鳴呼吸という現象が起きるのではないでしょうか。

今後の研究の可能性

また、共鳴呼吸法の1分間に約6回(0.1Hz)のリズムが、どのような生理的プロセスを通じて他の生体リズムと共鳴し、自律神経系に良好な影響を与えるのか、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。
しかし、少なくとも多くの人に共通する現象であることから、このリズムは「進化の過程で最適化された脳が心身ともに安定した状態と認識するペース」なのかもしれません。
こうした議論や仮説の検証は、今後の科学研究において興味深いテーマとなるでしょう。


参考文献

1) Engelen T., Solcà M., Tallon-Baudry C. Interoceptive rhythms in the brain. Nat Neurosci. 2023, 26, 1670-1684.
2) Glass L. Synchronization and rhythmic processes in physiology. Nature. 2001, 410, 277-284.
3) Sevoz-Couche C., Laborde S. Heart rate variability and slow-paced breathing:when coherence meets resonance. Neurosci Biobehav Rev. 2022, 135, 104576.
4) Ashhad S., Kam K., Del Negro C.A., Feldman J.L. Breathing Rhythm and Pattern and Their Influence on Emotion. Annu Rev Neurosci. 2022, 45, 223-247.
5) Lehrer P.M., Vaschillo E., Vaschillo B. Resonant frequency biofeedback training to increase cardiac variability: rationale and manual for training. Appl Psychophysiol Biofeedback. 2000, 25, 177-191.
6) Shaffer F., Meehan Z.M. A Practical Guide to Resonance Frequency Assessment for Heart Rate Variability Biofeedback. Front Neurosci. 2020, 14, 570400. 
7) Belyk M., Brown S. The origins of the vocal brain in humans. Neurosci Biobehav Rev. 2017, 77, 177-193.
8) Ravignani A., Kotz S.A. Breathing, voice, and synchronized movement. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020, 117, 23223-23224.


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