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【ショートショート】ぶつかりおじさんの正体は? (916文字)

「今日の帰り、新宿駅でおじさんにぶつかられてさ。本当にいるんだね。ぶつかりおじさんって」

 夫は夕飯を食べながら、その日あったことを報告していた。妻は興味なさそうに聞いていた。結婚して二十年が経つ。子どもはいない。共にお酒が飲めないので夕飯はこうして二人で食べることが日課になっていた。会話と言えば、基本的に夫がしゃべってばかりだったので、これはいつもの光景だった。

「女性がぶつかられるって話は知ってたけど、まさか、俺にぶつかってくるとはね。しかも、その後、ぶつかりおばさんもぶつかり高校生もいてさ。ビックリしたよ。いろんな人がぶつかってきたの。時代なのかなぁ。みんなストレスが溜まっているのかもしれないね」

 これには妻も思わず反応する。

「それって……」

 なお、妻が夫をどう思っているかでこの物語の結末は変わる。

 もし、夫に愛想を尽かしていたら妻はこう思うだろう。「それってあんたがぶつかりおじさんなんじゃないの?」と。でも、口には出さない。愛想を尽かしているから。

 そうして夫は自分がぶつかっている側だという認識を持てないまま、その後もすれ違う人たちとぶつかり続けていく。そして、ある日、突然倒れてしまうのだ。

 一方、妻が夫を信じていたら、なにかおかしなことが起きているんだと疑いを持ち、こんな風に話しかける。

「それって脳か神経になにか問題があるんじゃない?」
 
 夫は笑う。

「まさか、俺はまだ四十半ばだぞ」

「まだじゃないのよ、もうなのよ」

 妻の真剣な表情に夫は少し不安になる。健康診断ではなにも言われていない。でも、脳や神経をチェックされたわけではなく、自分の身体で緊急事態が進行中なのでは……と段々怖くなってくる。

 その間、妻はスマホでなにやら調べ始めている。

「明日、病院行こう」

「え? 明日? そんな急な」

「もしものことがあったら取り返しがつかなくなるでしょ。有給取って」

「でも……」

「有給取って!」

 結果、夫は脳梗塞を早めに見つけることができた。

 つまり、わたしがなにを言いたいのかというと、パートナーからは信頼されるように気をつけましょう。少なくとも「こいつなら社会に迷惑をかけるかもしれない」と思われているようでは命取り。

(了)




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