見出し画像

【映画感想文】自分自身を演じるとは? どこまでが現実でどこまでが虚構かわからない劇的なる生き方! - 『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』監督:大島新

 ポレポレ東中野で流れていた予告編で半端ない映像が流れていた。唐十郎のドキュメンタリーなんだけど、洋服のままコインシャワーに飛び込んでいき、頭から冷水をかけ始めるというもの。どう考えても狂気を演じているんだけど、その真剣な表情に心を掴まれてしまった。

 わたしは寺山修司派だったので、天井桟敷の後継団体である万有引力の公演は何度も見に行っているけれど、唐十郎の紅テントに足を運んだことはなかった。ただ、戯曲やYouTubeにアップされている映像を通して、その言葉遊びやメルヘンチックな雰囲気は気になっていた。

 映画は2006年から2007年にかけて、『行商人ネモ』という作品の稽古から初上映に至るまでの約半年間が記録されていた。こういうドキュメンタリーにしては珍しく、主役である唐十郎だけじゃなくてまわりの劇団員にもフォーカスを当てているのが新鮮だった。

 アングラとは言え、唐十郎は有名だし、主催していた状況劇場からは麿赤児、根津甚八、小林薫、佐野史郎などスターを続々排出しているし、金銭的に余裕があるものと勝手に思っていたので、現役劇団員たちの貧困っぷりは衝撃だった。

 基本的に劇団のために生活のすべてを捧げないといけないらしい。なのに、毎月の給料がもらえるのは唐十郎に当て書きされるメインの役者のみ。そうじゃない人たちは出演した舞台数に応じた手当だけ。バイトをする時間もあまりないから大変だ。

 そのため、家賃1.5万のボロアパートに暮らし、壁が薄いからヒソヒソ声で話さなきゃいけない若手俳優は流しを風呂代わりに使っていた。劇団の年収は15万。それでも今年は5万も上がったんですと嬉しそうだった。他の役者も色々なメーカーのレトルトカレーを順番に食べていけば意外と飽きないと嘯いていた。大きな家も車も欲しくないのでお金は必要ないと言いつつ、結婚し、子どもを育て、犬を飼うぐらいの生活をしたいと口にしていた。

 ベテラン俳優も飲みながら愚痴をこぼしていた。唐さんが死んだ後はどうなるか、唐十郎に尋ねたところ、「俺だけが残る」と言われたと嘆いていた。俺たちは? って。もちろん、そうなのだろうと納得しつつ、少しばかり寂しそうだった。

 どう考えてもしんどそう。これまでたくさんの仲間が辞めていったという。残っている人たちもその気持ちはわかるらしい。だけど、唐十郎の芝居は尋常じゃなく面白いと信じているから、その世界の一員になれる喜びは他に替えがきかないと断言していた。

 そんな唐十郎はたしかにヤバい。まず台本を小さな文字で横書きにずらーっと万年筆で書いていくのだが、一切、修正の跡がないから恐ろしい。頭から最後まで直すことなく書き上げてしまうのだ。

 それができあがり、初稿を劇団員に披露するとき、

「最西南か? 最南西か? 最西南だよな?」

と、存在しない日本語に関する問答を始めて、みんなを困らせてしまう。そもそも正解がないわけだから、なにを聞かれているのかよくわからない。ただ、唐十郎本人はその問いかけを通してなんらかのイメージを掴んだようで、

「最西南だな」

と、勝手に納得しつつ、みんなが新作の台本にリアクションする様子を満足そうに見ていた。

 それから冒頭で紹介したコインシャワーのシーンがあったり、70年代に劇団員が自らの手で建てた乞食城と呼ばれる施設で新年会をやっていたら「歌合戦なんてくだらないことするな!」と急にブチギレ、監督がビビってカメラを隠すと「なんで撮ってないんだ!」と怒鳴ったり、普段の稽古を脈絡もなく取りやめて宴会を始めたと思ったらカメラ目線で舞い出したり、監督のインタビュー中に「なんでそんな失礼なこと言うんだ」と怒りドキュメンタリースタッフを追い出した直後、どうしても戻ってきて欲しいと監督を呼び戻し、お前も演じてみろと命じたり、控えめに言ってずっとめちゃくちゃ。

 ただ、この映画には仕掛けがあって、ドキュメンタリーと言いつつ、現実をありのままに撮っているのは7割だけ。2割は虚構、つまり、監督が脚本を書き、演出を施しているとエンディングに明かされる。ちなみに残り1割はいわゆる皮膜で、監督としても真偽のほどはよくわからないらしい。

 さて、そうなると問題になってくるのはどこが虚構だったのか。少なくともわたしの目には7割虚構に見えたから笑

 タブーな質問とわかってはいたが、思わず、舞台挨拶に登壇していた監督に「具体的にどこが虚構なんですか?」と尋ねたくて仕方なかった。すると、そこは商売上手でパンフレットに書いてありますと言うではないか。もちろん、すぐさま購入した。

サイン書いてもらった。嬉しい。

 で、ビックリ。そこが虚構だったのかという驚きではない。あれは現実だったのかという驚きだ。

 なにせ、虚構はたったの4シーン。そこには唐十郎が絡んでいない劇団員パートも含まれていて、唐十郎は思いのほか唐十郎だったのだ。

 舞台挨拶で大島新監督は、

「唐十郎は唐十郎を演じてる説がある」

と、言っていた。カメラを回していなくても始終あんな調子だったようで、映画を撮るとなったら自分のドキュメンタリーではなく、主演・俺の映画として唐十郎役を演じるに違いない。だとしたら、それはドキュメンタリーと呼べるのか? と疑問を抱いたところから、フィクションを交え劇団唐組を撮影するという方針を組み立てていったという。

 ゲストで登壇していた樋口良澄さんは編集者として唐十郎と長年働いてきた方なのだけど、この点、深く頷いていた。

大島新監督(左)、樋口良澄さん(右)

 それでも、樋口さん曰く、この映画には人間・唐十郎が映っている部分もあると言っていて、具体的には例のコインシャワーのシーンをあげていた。なんでも、あのとき、唐十郎は服のまま水を浴びているのだけど、直前まで被っていたハンチングだけは濡れないように脱いでいるというのだ。

 ちなみにそのお気に入りのハンチングは樋口さんが唐十郎にプレゼントしたものらしく、いつもう一個ほしいと言われてもいいように予備を買っておいたそうで、カバンから取り出して被ってくれた。

 唐十郎がそんなに大切にしてくれていたとわかり、樋口さんはとても嬉しそうだった。なるほどなぁ。こうやって人の心を掴んじゃうから、唐十郎は唐十郎をやれていたんだと合点がいった。

 だって、令和の感覚からすると唐十郎のやっていることはすべてがなんらかのハラスメントに引っかかっているからね。

 大阪で紅テントを撮影し、疲れ果てた劇団員に配られた手当が500円だったのを見たとき、可哀想で仕方なかった。主演俳優の稲荷卓央さんが500円玉を持って、難波の自由軒本店の前まで行き、カレーライス650円の文字にうつむき立ち去る姿には涙がこぼれたというか、笑ってしまった。

 映画の中で、稲荷卓央さんは本当に切なかった。唐十郎67歳の誕生日会で、突然、唐十郎から、

「稲荷、どこでもいいから演じてくれよ」

と、にこやかに頼まれ、プレゼント感覚が応じたところ、さっきまでの楽しい雰囲気はどこへやら。

「下手くそ!」

 唐十郎に叱られてしまうのだ。理不尽にもほどがある。悔しそうに唇を噛みしめ、顔を手のひらで覆ってしまう姿が胸に沁みた。

 さて、これは虚構か? 現実か? 両者ともに役者だからわからないのが面白かったが、唐十郎と対峙する恐ろしさだけは本物だった。

 途中、唐十郎が不在の席で、劇団員たちがお酒を飲みながら愚痴をこぼす場面があるのだけど、その会話が興味深かった。なんでも、唐十郎が突然キレ出すのはいつものことで、そのハプニングに役者がどう対応するのかを見ているというのだ。だから、申し訳ありませんと謝ったら最後、唐十郎は今度こそ本当に怒り狂ってしまうとか。

 ある劇団員は冗談のように、

「一緒に釣りをしたときも、釣りだって表現なんだと叱られましたよ」

と、笑っていたが、その表情は多幸感に満ちていた。たぶん、そういう365日24時間演劇をし続ける唐十郎の全身演劇人間な部分に惚れてしまうのだろう。そして、散々振り回されて、嫌気が差してしまっても、唐十郎に当て書きされて舞台に立ったときの快感はとてつもないから、離れられなくなってしまうのだ。

 唐十郎の憎いところは激怒した直後、

「ごめんね。言い過ぎちゃったね」

と、謝り、にこっと笑顔になるところ。この人は本当は悪い人じゃないんだと思わされてしまう。典型的なDV夫の振る舞いをする。改めて、昭和のモンスターって感じでまったく参考にはならないけど凄いよね。

 舞台挨拶で交わされたエピソードとして、二人とも唐十郎と話しているとき、無茶振りで質問が飛んでくるのが怖くて仕方なかったと盛り上がっていたのが印象的だった。例えば、芝居の感想を求められたりしたらしいのだが、お前の答えを試してやるよって雰囲気に怖気付いていたとか。だから、宴会中もお酒を飲んでも酔えないし、食べ物も味がわからないし、劇団員も唐十郎と別れた後、二次会をしていたというから外部の客はなおさら。あれは恐ろしかったとしみじみ回想していた。

 ところで、わたしは大島新監督について詳しくなかったのだけど、樋口さんの一言で大島渚監督の息子さんだと知り、それもあってこんな破格なドキュメンタリーを撮ることができたのかなぁ、なんて納得がいった。大島渚監督の名作『新宿泥棒日記』に唐十郎は唐十郎として出演、状況劇場の面々と一緒にスクリーンで暴れていた。『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』はある意味、そのスピンオフと言うべき仕上がりになっていた。

 公開は2007年で、今回は5月に唐十郎が亡くなったことを受け、17年ぶりの追悼上映だった。引き続き、全国各地でリバイバルをしていくということだったので、この機会にぜひご覧ください。唐十郎を知っていても、知らなくても、最高に楽しい映画なので!

 紅テントも観にいきたくなった。

 映画に出てくる役者さんはもう3人しかいないみたいだけど、いまもなお存続しているという奇跡のような軌跡はグッとくる。

 アングラ演劇の全盛期はわたしの生まれるずっとずっと前だけど、続けている人たちがいる限り、こうやってつながっていくのだろう。そう思うと唐十郎が死んだ後、

「俺だけが残る」

なんてことはないのかも。




マシュマロやっています。
匿名のメッセージを大募集!
質問、感想、お悩み、
読んでほしい本、
見てほしい映画、
社会に対する憤り、エトセトラ。
ぜひぜひ気楽にお寄せください!! 


ブルースカイ始めました。
いまはひたすら孤独で退屈なので、やっている方いたら、ぜひぜひこちらでもつながりましょう! 

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集