【ショートショート】イケメン投票 (2,296文字)
「ねえ、真美。学年の男子で誰が一番イケメンだと思う?」
「うーん。誰だろ。山下とか?」
「ふざけんなし。そんなわけないでしょ」
「ははは。冗談、冗談。普通にタカシかな」
「タカシねー。みんな、そう言うよね」
「あるいはソウタかハヤト」
「出た。サッカー部」
「他にはタケルとユウキ」
「バスケ部ねぇ。わかる。わかる」
「てか、逆に、優子は誰がイケメンだと思うの?」
「え。わたし。わたしはねー。……山下」
「マジ爆笑。真面目に答えろし」
「ごめん。ごめん。やっぱ、そこはタカシだよ」
「出た。無難」
体育の時間、女子だけでダンスをさせられていたとき、真美と優子は堂々サボり、そんな話で盛り上がっていた。二人はクラス内でもいわゆるイケている子たちだったので、みんな、ステップを踏みつつ、こっそり耳を傾けていた。かく言う、わたしもそうだった。
サッカー部とバスケ部の男子が人気なのは想像通りだった。でも、まさか、山下がギャグ扱いされているとは意外だった。
正直、わたしは山下のことが好きだった。中学も一緒だったので、唯一、気軽に話せる男子であり、仮に付き合うことがあるなら、山下なのかなぁと曖昧に思ってもいた。
しかし、真美と優子の反応を見るに、山下の評判はかなり悪いらしい。
たちまち、恐ろしくなってきた。
もし、わたしが山下に好意を持っているとバレたらどうなってしまうのか。きっと、バカにされるはず。同類と見做され、陰口を叩かれるに決まっていた。
たちまち、山下のことが嫌いになってきた。そして、廊下ですれ違ったときなど、馴れ馴れしく話しかけられたらどうしようと不安になってきた。
リズムに乗って、体を揺らしつつ、心はいまにも張り裂けそうだった。
漫画もアニメも音楽も、わたしと山下はありとあらゆる趣味が合う。だから、一緒にいるのがめちゃくちゃ楽しく、そこに魅力を感じていた。なのに、格上の女子たちの評価を理由に、距離を取らなきゃいけないなんて、理不尽にもほどがある。
でも、仕方ないのだ。まわりが納得するようなイケメンを好きにならなければ、わたしのセンスが疑われてしまうんだもの。おかしなやつだとレッテルを貼られたら最後、貴重な高校時代は悲惨なことになってしまう。
ダンスのクライマックスで虚しいポーズを決めると同時に、わたしは山下を忘れる覚悟も決めた。
その日の放課後、間が悪いことに校門を出たところで山下と鉢合わせした。予想外の出来事に身がすくみ、思わず、
「あ、山下」
と、名前を呼んでしまった。失敗したぁと後悔しようとしたところ、山下はこちらを一瞥し、なにも言わずに速足で立ち去った。
途方に暮れつつ、わたしは無視するつもりだった自分が山下に無視されてしまったのだと、徐々に事態を把握した。
しばらくして、サッカー部やバスケ部のいわゆるイケている男子たちが、学年で一番かわいい女子は誰か、話し合っているらしいと噂を聞いた。その中で、わたしの名前がギャグとして使われているようで、掃除の時間、同じ中学出身のエミリちゃんがモップ片手に教えてくれた。
「ひどい話だよね。ほんっと、頭にきちゃう」
ぶっちゃけ、知らなければ傷つく必要もなかったわけで、わたしとしては友だちのフリして、嫌な情報を伝えてくるエミリちゃんにこそ腹が立ったけれど、もちろん、口ではありがとうとお礼を言った。
それから、山下の態度が急変した理由がようやくわかった。あいつもわたしと同じだったのだ。ズレたやつだと思われないため、わたしを忘れる覚悟を決めた。
なんだか面白くなってきた。やっぱり、わたしたち、似たもの同士だったんだなぁ、って。きっと、付き合っていたら、仲良くやれたことだろう。
知らないところで品定めされ、知らないところで自分の価値が落ちていく。そうか、こんなクソみたいな理屈で、わたしたちは互いに比較し合っていたんだ。こんなの、頑張りようがないじゃないか。
途端、学校内で居場所を保つことがアホらしくなってきた。
「てか、男子、何様って感じだよね。ブスとかデブとか好き放題言っちゃってさ。お前らだって、大したことないくせにね」
モップに体重を預け、テンション高くなっているエミリちゃんの話も聞いてられなくなってきた。だから、いつものように適当な相槌を打つんじゃなくて、パンッ、と左頬に平手打ちを食らわしてやることにした。
ズルっ。
ドシンっ。
「痛っー」
教室内に苦しい音が響き渡った。エミリちゃんは盛大にずっこけて、乱れた髪の隙間から、熟れたトマトみたいな瞳をこちらに真っ直ぐ向けてきた。悲しみと怒りと憎しみと、そこにはありとあらゆるネガティブが込められていた。
たぶん、明日にもわたしの奇行は学校中に広まって、女子からは嫌われ、男子からはこれまで以上に蔑まされてしまうだろう。百パーセント、この高校でまともな青春は送れない。
でも、別にかまわなかった。いまや、わたしはこんな学校だまともな青春を送るつもりは毛頭なくて、好きなように生きてやろうと思っていたから。
そのとき、教室の外に視線を感じた。見れば、そこには山下がいた。呆然と立ち尽くしていた。すかさず、わたしは彼のところにつかつか近づき、やっぱり、パンっと左頬に平手打ちをお見舞いし、
「クリストファー・ノーランの新作、これから観に行くんだけど、ちょっと付き合いなさい」
と、命令してやった。山下は情けない顔をこちらに向けて、にっこり大きく頷いた。
「ちょっとって、三時間もあるじゃないか」
ブサイクにもほどがあった。ただ、わたしはそんな山下が好きなのだから、どうしようもなかった。
(了)
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