【ショートショート】将門塚の浮遊霊 (2,586文字)
大手町のど真ん中。林立する高層ビルを眺めながら歩いていると、突然、空気が変わったようになにもないスペースが現れる。ついさっきまでの人混みが嘘のようにひっそりと閑して、真っ白な砂利に囲まれた石畳の向こう側、いかにもなにかを沈めるためのお墓がぽつんと立っている。思わず、祈らないではいられない神々しさ。それこそ日本を代表するパワースポットのひとつ、将門塚である。
平将門は平安時代中期に活躍した千葉の豪族で、関東八ヶ国の国府を攻撃、それぞれの国司を追放する平将門の乱を起こしてことで知られている。その後、「親皇」を名乗り、独立国家を作ろうとするも、当然、朝廷の怒りを勝って討たれてしまう。その首は京都に運ばれ、見せしめとして晒されることになる。
ただ、なぜか何ヶ月経っても腐ることなく、目を見開いて夜な夜な胴体を持ってくるように叫んでいたとか。生きているかのように目を見開いて腐らず、歌人の藤六左近はそんな様子を「将門はこめかみよりぞ斬られける俵藤太がはかりごとにて」と詠んだところ、将門の首は笑いだし、東の空に飛んでいってしまった。本当は千葉に帰るつもりが途中で力尽き、現在の大手町あたりに落ちてしまったようで、それを祀って将門塚は建てられた。
平将門は日本三大怨霊のひとつだけあって、将門塚を巡っても様々な祟りがあったらしい。関東大震災後の復興に合わせて、同地に大蔵省の庁舎を作ろうとしたら関係者が次々不審な死を遂げたとか、戦後、GHQが撤去しようとしたら謎の事故が相次いだとか、枚挙にいとまがない。そんなバカなと思われるかもしれないが、こんだけ地価が高騰しているにもかかわらず、将門塚が現存している事実だけで真偽のほどは明らかだろう。
さて、わたしがそんな将門塚をはじめて訪れたのはニ〇二一年の第六次改修整備以降のことである。適応障害で休職し、時間ができたので運動がてら、都内を当てもなく歩き回っていたのだが、気づけば、そこに辿り着いていた。
当時はなにも知らなかったので、その異様な空間に息を呑んだ。とても綺麗でお墓というよりは芸術的な雰囲気で、果たして、勝手に入っていいものかどうか躊躇った。そして、右往左往していたところ、目の前の道に黒塗りの高級外車がピタッと停まった。運転手が後部座席のドアを開け、いかにも仕事ができる風なスーツ姿のおじさんが降りてきて、颯爽とお墓の方に歩いていった。
後に調べて知ったのだけど、将門塚のご利益はスピリチュアルを信じる人たちの間は有名で、多くの経営者が日常的にお参りにやってくるらしい。たぶん、そのおじさんもそういう人だったのだろう。
なるほど、普通に入っても大丈夫なんだなぁと遠目に観察していたところ、我が目を疑うことが起きた。お墓の後ろからボロボロのTシャツにジーパンを吐いた長髪のおじいさんが現れたのだ。
オフィス街に似つかわしくないボヘミアンな人物だった。手には穴の開いたボストンバックを持っていた。もしかして、ヤバい人が参拝者を襲うために待ち構えていたんじゃなかろうか。不安になりつつ、わたしはスーツのおじさんを見守った。
だが、どういうわけか、彼は一切動じることなく、お賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼を決めていた。ボヘミアンはその横をなんてことなく通り過ぎ、入り口の正面にどかっと座り、バックからくしゃくしゃのスポーツ新聞を取り出して読み始めた。
なにがなんだかわからなかった。スーツのおじさんは何事もなかったように戻ってきた。運転手に迎えられ、そのまま皇居の方へと走って行った。
わたしはそこに立ち尽くした。さすがは人気の場所だけあって、短時間のうちにたくさんの人がお参りにやってきた。近所で働いているっぽい若い女性だったり、わざわざやってきた感じのお年寄りグループだったり、子どもを連れた家族だったり、老若男女を問わなかった。
もちろん、その間もボヘミアンはずっとそこにいた。だけど、みんな、なぜかボヘミアンに一瞥もくれなかった。見て見ぬ振りをしているのか、あるいは見えていないのか。
次第に怖くなってきた。ひょっとして、浮遊霊なのではなかろうか。でも、誰の? こうなって、ようやく、わたしはこの場所についてスマホで調べることにした。そうして、前述の通り、将門塚の由来を知るに及んだわけであり、自然、ボヘミアンは将門の霊である可能性をわずかながら信じだしていた。
まさかあり得ない。そう思うと同時に、万が一、呪われたら嫌だなぁという気持ちが湧いてきた。せめて、お参りぐらいはするべきだろう。恐る恐る、敷地内に足を踏み入れた。
とはいえ、一人で将門の霊に近づく勇気はなくて、他の参拝者が来るのを待って、その後ろをついていった。慌てて、お賽銭を投げ入れた。いつもだったら五円だけど、奮発して五百円にした。ぺこり、ぺこり、ぱんっ、ぱんっ、……。目は一瞬しかつぶれなかった。心の中で「失礼しました。失礼しました。失礼しました」と早口に謝罪し終えると、先の参拝者を追いかける形で慌てて帰った。
途中、ちらっと確認してみた。将門の霊は新聞を下ろし、こっちを見ていた。目が合った。笑っていた。背中を冷たい汗がたらりと走った。そのまま地下鉄の階段を駆け降りて丸の内線に飛び乗った。
あれから将門塚には一度も行っていない。霊感のある友人に話したら、将門塚はマジでヤバいから、将門の霊がいたとしても不思議ではないよと言われた。
「最後、笑顔だったのはあんたのことを気に入ったからだよ。次、会ったら魂盗られちゃうかも」
そんな風に脅されて、なにをいい加減な……と呆れた感じを装いつつ、二度と近づくもんかと静かに誓った。
果たして、あれは本当に将門の霊だったのだろうか。
去年、ネットニュースでこんな記事が流れてきた。
……おい。
(了)
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