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【ショートショート】わたしは性格が悪い (2,282文字)

 わたしは性格が悪い。尋常じゃなく悪い。バレたら人類から迫害されてしまうぐらいに悪い。そして、そのことを知っているからこそ、まわりには性格が悪いと思われないように気をつけている。なんなら、身近な人たちからは優しくて、温和で、社交性があると認識されている。例えば、悪口は言わない。油断をすると他人のコンプレックスを掘り起こし、致命的な攻撃をしてしまいそうなので。また、いつもニコニコ笑顔でなにを頼まれても断らないのもうっかりモラハラしてしまわないための工夫である。無意識だと、頭の中をうずまくドス黒い感情が表に漏れ出て出しまうかもしれず、そうなったら法律もなにも関係なくなってしまう。わたしは性格が悪いだけで、別にアナーキストなわけではないし、楽に生きては生きたいし、不要なトラブルは避けておきたいし、無駄な波風を立てない程度の賢さは持ち合わせている。そのため、誰とでも交流せざるを得ないし、結局、こんな風にすべてを受け入れる人間は逆に珍しいので、自然とわたしのまわりには人が集まってきてしまう。内心、みんな、バカ過ぎるだろと笑っている。だって、ぜんぶ、社会を破壊しかねない性格の悪さを隠すための演技であり、なにもかもが嘘であるにもかかわらず、連中はわたしを「いい人」と勘違いしているんだもの。間抜けにもほどがある。もちろん、罪悪感なんて、これっぽっちも抱いちゃいないさ。わたしは性格が悪い。むしろ、やつらをコントロールできて嬉しいぐらいだ。さっきもLINEでバイト先の店長からシフトをもっと増やしてほしいとお願いされた。大学で同じ授業をとっている子からもノートの写真を送ってほしいと頼まれた。彼氏も泣きそうな顔でお金を貸してくれと頭を下げてくる。こいつらはわたしの性格が腐り切ったカレーのように最悪であると全然知らない。なんでもOKと答えてはいるけど、本当のところ、殺してやりたいと内々考えているなんてことは。一度、口を開けば、「採用面接を受けたときにシフトは最低限でいいって言ってましたよね。人が減っているのは店長のマネージメント能力が低いせいなんじゃないですか。その穴を埋める責任、わたしにはありませんから!」とか、「いや、あなた、毎回授業サボってたよね。わたしは休まず出席してたの。なのに、わたしのノートを見て、試験をなんとか乗り切ろうとするなんて舐め過ぎでしょ。なにしに大学来てるわけ?」とか、「この前貸したお金、まだ返してもらってないけど。てか、最近、お金を借りに来るしか連絡くれないよね。あのさ、わたし、あんたのATMじゃねえから!」とか、相手の嫌がることを平気で言えてしまう。仮に反論されたとしても、あらゆる可能性をシミュレーション済みなので、絶対に負けることはない。わたしは性格が悪いから、圧倒的に論破してしまう。ただ、そんなことをしてしまったら、お前らみたいな不完全なクズによって培われてきた常識ってもんに反してしまうでしょ。そうなると、ちょっとばかりしんどそうだし、一応、平和に日々を過ごしていきたい身としては性格の悪さを隠すしかないの。それで、なんでもOKしているだけ。実際はこんな世界なくなってしまえと思っている。最低だよね。わかってる。そんなことは。でも、仕方がないの。どうしようもないの。だって、これは治らない病気だから。子どものときに発症し、ずっと、わたしの人生を蝕み続けているの。物心つく頃には母親から「あんたは性格が悪い」と指摘されていた。殴られたり、ベランダに締め出されたり、ご飯を食べさせてもらえなかったり、いろいろ治療してもらったけれど効果はなかった。新しいお父さんがやってくるたび、わたしが誘惑してばかりいるとお母さんは怒り狂っていた。自分としてはそんなつもりなかったというか、むしろ、新しいお父さんのやたら親しげな振る舞いが嫌だったぐらいなので、どうしていいかわからなかった。最終的に母親は家を出て行ってしまった。わたしは祖母の家に引き取られ、中学も高校も性格の悪さを隠し、ひっそりとやり過ごした。ようやく病気は治ったんだと思っていた。なのに、東京の大学に進学し、一人暮らしを始めた途端、再び性格の悪さが現れてきた。必死に抑えようと頑張っているけど、最近、笑顔を作るのに疲れてしまった。一人で様々な会話を想定することに疲れてしまった。わたしは性格が悪い。それもどんどん悪くなり続けている。最近は性格の悪さを誤魔化すのが嫌になるぐらい、ねじれにねじれまくっている。いまも「このままだとお母さんみたいになってしまう」と怖くなり、ガタガタ震えてしまうのだ。ヤバいよね? どうしようもないよね? こんなやつ、いない方がいいよね? 本当、性格悪いよね。


「ねえ、自殺の話聞いた?」

「聞いた。聞いた。どの授業も最前列で受けてた真面目ちゃんでしょ」

「そうそう。あのド陰キャ」

「63号館の屋上から飛び降りたんだってさ。そのとき、ユカが近くを歩いていたみたいで、あとちょっとで直撃してたらしい」

「うわ。怖過ぎでしょ、それ」

「だよね。迷惑にもほどがあるっていうか、死ぬなら勝手に死ねよって感じだよね。誰かを巻き込もうとするなんて、自分勝手過ぎでしょ」

「わかる。マジ死ねって感じ」

「いや、もう死んでるから」

「アハハ。たしかにー」

「てか、あの真面目ちゃんいなくなったら、ノート困るね。もうすぐ試験なのに」

「そうだよ。他のやつに写真もらわなきゃ。めんどくせー。よりにもよって、このタイミングで死ぬってどんだけだよ。ガチで性格悪過ぎじゃん。マジ死ね」

(了)




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