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【ショートショート】理想の顔 (1,828文字)

 男はその喫茶店の常連だった。飲食店向けに会計システムを販売する会社に勤め、営業の合間を縫って、月水金の十四時から十八時の間に必ず来店。アイスコーヒーとレジ横のワッフルを購入し、カウンター近くの席に一時間ほど陣取り、ノートパソコンを開くのがお決まりだった。

 エクセルを表示させ、数字をパチパチ打っているので、一見すると休憩がてら仕事をしているようではあった。だが、本当は適当も適当。実際はその時間のシフトに入っている若い女性の店員を盗み見ているだけだった。

 もったいない。

 男は彼女に対して、いつもそう思っていた。あと少し鼻が高ければ、あと少し瞳が大きければ、あと少し唇が薄ければ、理想の顔になるんだけどなぁ、と。

 別に彼女のことが好きなわけではなかった。ただ、もし、ところどころいじることができるとしたら、好きにならざるを得ないだろうと想像することを通して、男は彼女に惹かれていた。そして、それはあり得ないことだとわかっていたので、決して声をかけるようなことはせず、ただ黙って彼女の働く姿をチラチラ眺めるだけで満足していたのである。

 とはいえ、こんな生活を数ヶ月も続けていると、さすがに親近感が湧いてきた。一方的な感情とはいえ、彼女の顔が自分の理想に限りなく近いことは間違いない。だとしたら俺にとって理想の恋人は彼女なのではなかろうか? そして、そんな相手が目の前にいるにもかかわらず、コーヒーを注文するときの事務的な会話しかしないというのはどうなのだろう? と悩みだしていた。

 やがて、男は彼女のことを考えて、ひたすら悶々とするようになった。朝から晩まで頭の中は彼女でいっぱい。夜も眠れなくなり、仕事でもミスを連発した。このままではまともに生活することもままならない。いっそ、すべてを諦めて、喫茶店に通うのを辞めようとしたけれど、結局、いつもの時間になるとソワソワ心が落ち着かず、足を運んでしまうのだった。

 その年のゴールデンウィーク、男はせっかくの連休と言うのにどこへ行くこともなく、なにをすることもなく、家に引きこもり、彼女のことだけを考え続けた。そして、とうとうひとつの結論に達した。

 こうなったら、当たって砕けろ。すべてを打ち明けてやる。

 翌日、男は久しぶりに例の喫茶店を訪ねた。その手には自分の思いをしたためた手紙が握られていた。

 気持ち悪がられたらそのときはそのとき。ダメ元なのは百も承知さ。それでも、黙って引き下がるわけにはいかない。きっと、一生後悔してしまうから。

「お次の方どうぞー」

 彼女の声に呼ばれ、男はレジの前に立った。緊張でまともに前を見ることもできなかった。

「いらっしゃいませ。こんにちは。いつものアイスコーヒーでいいですか?」

「はい。いや、今日はそれだけじゃなくて……」

 勇気を振り絞り、ついに顔を上げたとき、思いもよらない光景が飛び込んできた。

「……え? なんで?」

 そうつぶやく男に彼女は不思議そうに首を傾げた。その顔は男の知っているものと違っていた。否。むしろ、男がよくよく知っているものだった。というのも、いつもより鼻が少し高く、瞳が少し大きく、唇が少し薄くなっていたのだ。それは男が長いこと憧れてきた理想の顔だった。

「どうしました?」

 彼女は訪ねた。その様子があまりに無邪気だったので、男は礼儀作法をすっかり忘れ、

「顔、変わりました?」

 と、不躾に疑問を口にしてしまった。

「へ?」

 一瞬、彼女は固まった。でも、すぐに事態を飲み込んで、くすくすと笑い始めた。

「実は韓国で整形してきたんです。この連休を利用して。でも、よくわかりましたね。目と鼻と口をちょっとずつやっただけなのに。家族や友だちからは全然変わったないじゃんって言われてたんで、ビックリしました」

「ああ。そうだったんだ。ごめんね。変なこと言っちゃって」

 和やかな空気ながら、男は静かに手紙をポケットにねじ込み、

「今日は時間がないから、アイスコーヒー、テイクアウトでお願いします」

 と、続けた。会話はそこで途絶えた。プラスチックの容器を受け取ると男は黙って店を出ていった。

「ありがとうございましたー!」

 普段ならそこで振り返り、会釈をするのが男の常だった。でも、その日は一切反応しなかった。まるでイヤホンで音楽を大音量で聴いているかのようにツカツカ早歩きで行ってしまった。

 以来、男はその店に行くことはなかった。もちろん、彼女のことを考えることもなくなった。

(了)




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