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【ショートショート】もしも竹がお腹に刺さったとして (1,472文字)
「もしも竹がお腹に刺さったとして」
と、わたしは晩酌中の夫に尋ねた。
「お医者さんから、奇跡的なバランスで刺さっているため、このままなら命に別状はありませんが、無理に抜いたら死んでしまう可能性があります、と言われたら、どうするのがいいと思う?」
夫はスマホを見ながら唐揚げとポテトをつまんでいたので、テーブルに食べかすをやたらこぼしていたけれど、一向、自らの粗相に気がつく様子はなかった。もちろん、わたしの質問に顔を上げることもなく、
「なんの話?」
と、だるそうに質問で返してきた。
「ふと、思っちゃっただけ。何メートルもある竹がお腹に刺さっていたら不便でろうなぁって。人に道を聞かれても、あっちですって指で指し示そうとしたら、相手にぶつかってしまうかもしれない。カウンターしかない小さなお店じゃ嫌がれて、他の人より高いお代を請求されてしまうかもしれない。そんなのって、けっこう困ってしまうでしょ」
「ふーん。それは困るね」
「ただ、どれも死ぬリスクを負ってまで解決しなきゃいけない問題では全然ないの。だいたい、竹ならノコギリで切ることも可能だし、その気になればお腹と背中のギリギリまで短くすることはできるはず」
「だったら、そのままでもいいんじゃないか。服を着ちゃえば、見た目にはわからないわけだし」
「でも、脱いだら竹が刺さっていると一目でわかってしまうわ。恥ずかしくって、二度と温泉に入れなくなってしまう。それって、人生においてけっこうな損失だと思うの。加えて、もし、お腹に竹が刺さっていることを隠したまま、誰かを好きになってしまったら悲劇も悲劇。大悲劇。裸を見られたくないと、恋に臆病になってしまうわ」
「ふんっ。なにをいまさら」
夫は鼻で笑った。相変わらず、視線はスマホの画面に落としたままだった。
「ねえ。あなだったら、竹を抜く?」
「うーん。まぁ、抜くんじゃないかなぁ」
「万が一、死んでしまうかもしれないとしても?」
「よくわかんないけど、竹が刺さった状態で生きているってことは、一応、臓器は無事なんだろ。難しい手術かもしれないけれど、たぶん、なんとかなるんじゃないの。医者がちゃんとしていれば」
「へー。そういう風に考えるだ。しかし、そうよね。あなたはそういう人だもんね」
たしかに、夫はそういう人だった。自分の選択がどのような結果につながろうとも、すべて、他人のせいにできる性格なのだ。わたしは悲しくため息を漏らした。
その音が不快だったのか、夫はようやくチラッとこちらを一瞥し、
「お前だったら、どうするんだよ?」
と、ぶっきらぼうに聞いてきた。
「わたし?」
「抜くの? 抜かないの?」
「抜かないわ。いいえ、きっと、抜けない」
だから、いまもこうして、あなたと一緒に暮らし続けているんじゃないのと思ったけれど、決して口には出さなかった。代わりに、ズキンズキン痛む、お腹に刺さった見えない竹を優しくさすった。
抜けないものは仕方なかった。だって、下手に動いて、致命的なダメージを負ってしまったら、なにもしなければよかったと激しい後悔に襲われてしまうから。
この人と出会ってしまったのが運の尽き。わたしの一生はこういうものなんだと諦める以外に打つ手はなかった。唯一、できることと言ったら、夫より長生きすると覚悟を決めるだけだった。
「あなた、ビール、もう一杯飲むでしょ」
「え? ああ。そうだな」
「ポテトサラダとイカの塩辛、ソーセージもあるからね。あと、シメのラーメンも作ってあげる」
「おお。そうか。いつもありがとう」
わたしはウキウキ、キッチンへ向かった。
(了)
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