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【ショートショート】頭からゼンマイ (2,096文字)
映画館で前の席に座った男性の頭からゼンマイが生えていることに気がついたとき、わたしはもう、それだけに夢中だった。スクリーンで繰り広げられるカーチェイスやら熱いキスやら、そんなものは頭に入ってこなかった。ただ、ひたすら、このゼンマイを巻いたらどうなるのだろうという疑問で胸はいっぱいだった。
しかし、暗いとはいえ、まわりにたくさんの人がいるわけで、そんな不躾なマネはようできなかった。だいたい、本人に断りなくやっていいことではないだろう。例えば、道ゆく人の鼻から長い毛がひょろり生えていたとして、勝手に抜いたらなにかしらの罪に問われるかもしれない。いま、ここでゼンマイを巻くというのはそれと同じことだった。
見て見ぬフリ。見て見ぬフリ。
そう自分に言い聞かせた。楽しみな映画だったのになにをやっているんだか。ストーリーがわからなくなってしまった。知らない登場人物がしゃべりまくっていた。こうなってしまうともはや面白くなかった。
すると、退屈さから再びゼンマイに意識が向かった。つむじの真ん中から生えていた。サイズはそんなに大きくはなくて、しめじぐらいだった。軸があり、先っぽは羽を開いた蝶のようだった。色はたぶん金色。たまにピカっと光っていて、それもまた気になる要因だった。
結局、映画には集中できないまま、二時間近くが経ってしまった。なぜか地球は滅びようとしていたし、ヒーローはその危機を見事に救っていた。仲間たちと健闘を讃えあい、自宅の庭でバーベキュー楽しんでいた。そこに敵だったはずの人物もいて、まったくなにがなにやらだった。
エンドロールが流れ始めた。映画の名前が所狭しと映し出される中、もし、ゼンマイを巻くならいまが最後のチャンスであると密かに心がざわついた。仮に、その結果、大きな音が出ることになっても、このタイミングなら許されるだろう。失礼な行為として咎められるにしても、映画の最中よりはましなはず。というか、こうなったら誰になんと怒られてもいいから、なにが起こるのか確かめずにはいられなかった。
中腰になり、ゆっくりと身を乗り出した。手をゼンマイのところに持っていき、あとちょっとで触れられるというとき、頭のすぐ後ろからギリリ……ギリリ……とゼンマイを巻く音が聞こえてきた。
それはわたしがこれから引き起こすはずの音だった。振り向くと驚いた女性の顔があり、
「すみません。つい、気になってしまって」
と、謝ってきた。慌てて、自分の頭をまさぐってみた。まさかと思ったがそこには金属質の触感があり、つかみ、回してみるとやはりギリリ……ギリリ……と聞こえた。
劇場が明るくなった。後ろの女性は逃げるように去ってしまった。前に座っていた男性もあっという間にいなくなってしまった。あたりを見渡すと出口に人並みができていた。どの頭にもゼンマイは生えていなかった。
わたしは席に深く座った。スマホを取り出し、インカメラを使って頭頂部を撮影した。画面を確認すると金色のゼンマイが写っていた。改めて触るとひんやりとした冷たさが指先に伝わってきた。
さて、これからどうしよう。すでに巻かれてしまったし、自分でも巻いてしまったけれど、これを巻いたらどういう風になってしまうのか、不安で不安で仕方なかった。なんとなくお腹が痛くなってきた。それはゼンマイのせいなのか、ストレスのせいなのか、判然としなかった。
困ったことになった。こんな場所にゼンマイがあってはひたすらに不便だった。街中を歩いたら指をさされるに決まっている。夜、眠るときだって相当に邪魔だ。寝返りだって打てないだろう。外せるなら外したい。病院に行けばいいのか。あるいは工務店に行けばいいのか。保険適用されたらいいけど、あまり期待はできない気がする。帽子をかぶって誤魔化すこともできないし、参ったなぁ。明日、会社に行くのも億劫だった。
とりあえず、ネットで調べてみた。「頭 ゼンマイ」で検索してみた。おもちゃだったり、山菜だったり、関係のない情報ばかりが出てきた。「治療法」や「対処法」など言葉を足してみるも違いはなかった。どうやらありふれた症状ではないようだった。
そのうち劇場スタッフが館内の掃除にやってきた。そろそろご退席をお願いしますと頼まれてしまった。視線はわたしの頭の上を向いていた。すみませんと謝り、とりあえず外に出てはみたけれど、果たして、どこに行ったものか、すっかり途方に暮れてしまった。
さっきまで他人事だったゼンマイが、突然、自分事になってしまった。こんなことなら、あの男性にゼンマイと共存する方法を尋ねておけばよかった。こうなってみると巻いたらどうなるかなんて、ぶっちゃけ、どうでもいいことだった。そんなことより、どうやって付き合っていくかの方が重要だった。
だから、わたしのゼンマイが巻かれたとき、実は遠い国で大きな地震が起こったり、竜巻が猛威を振るったり、大雨による洪水が生じたりしてきたのだけれど、別にどうだってよかった。後に東大の偉い先生から因果関係の説明を受けるも、
「へー」
と、言うことしかできなかった。
(了)
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