【ショートショート】近所のファミレスで (1,915文字)
夜、近所のファミレスで本を読んでいたら、隣の席に小さなゾウがやってきた。無印のライトブルーなシャツを着ていた。ユニセックスなデザインだったから雌雄は判然としなかった。
最初、着ぐるみかと思った。でも、ゾウはメニューを一通り眺めた後、タブレット端末から注文しようとした。だが、ゴツゴツした手では上手く操作ができないらしく、
「パオン……」
と、悲しい音を長い鼻から切なく漏らしていたので、本物に違いなかった。
迷ったけれど、わたしは文庫本を机に置いて、
「大丈夫ですか?」
と、声をかけることにした。
「パオン!」
ゾウは嬉しそうに目をキラキラさせて、すがるようにこちらを見てきた。たぶん、求められている。
わたしは隣の席へ移動し、タブレットを代わりに操作してあげた。タッチパネルが静電気に反応する仕組みだったので、ゾウの手だとうまく扱うことができないらしい。
「ええと、なにを頼みたいんですか?」
ゾウは長い鼻先を吸盤みたいに使って、コーンスープとサラダとハンバーグ、それからドリンクバーを順番に指し示した。
「フルコースですね」
「パオン」
自慢げだった。
「パンとライス、どちらにしますか?」
そう尋ねると、ゾウは腕を組んで真剣に悩み始めた。しばらく唸った末、苦しそうにライスを選んだ。外国生まれ、日本育ちなのかもしれない。
無事、オーダーが通ったことを確認し、ゾウは頭を下げてくれた。
「いえいえ、そんな」
わたしは両手を前に突き出して謙遜。自分の席へと退散し、再び、本を手に取った。久々にいいことをした気がする。充実感でいっぱいだった。
その間、ゾウは飲み物を取りに行った。いったいなにを飲むのだろう? ふんわり興味を抱いていると、向こうの方から、
「パオ〜ン」
と、困った声が聞こえてきた。きっと、なにかあったのだろう。
別にわたしが行かなきゃいけないルールはないが、なんとなく、様子を見に行くことにした。すると、コーヒーマシンの前でゾウが右往左往していた。
「どうしたんですか?」
その鼻が恨めしそうにコーヒーマシンのタッチパネルをツンツンしていた。なるほど、これまたゾウは動かせない。
「代わりに押してあげますよ。なにを飲みたいんですか?」
抹茶ラテを希望された。ちょうど、わたしも同じものが飲みたかったので、二杯入れて、そのままテーブルまで運んであげた。またしてもゾウは丁寧に頭を下げてくれた。今度はしっかり感謝を受け止めた。
しばらしくて、配膳用の猫型ロボットがゾウにコーンスープを運んできた。今度は大丈夫かなぁ? つい、見守ってしまうが、ゾウは鼻を使って、器用にお皿を受け取っていた。
「パオン。パオン」
「うまくいってよかったです」
そんな風に笑い合っていたところ、仕事を終えた猫型ロボットが、
「完了ボタンを押してニャー」
と、騒ぎ出した。ゾウは慌てて対応しようとするも、またしても完了ボタンがタッチパネルになっていて、残念無念。手も足も出なかった。
「完了ボタンを押してニャー」
もはや慣れたもので、すかさず、わたしが助けに入った。
「パオン……」
去っていく猫型ロボットの背中を見ながら、ゾウは悲しくため息をついた。
「そんな謝らないでください。あなたが悪いわけじゃないんですから。新しいシステムが導入されて、便利になった部分もあるけど、こういうことがあると参ってしまいますよね」
「パオン、パオン」
「そうそう。わかります。わかります。松屋なんかも大変ですよね」
世間話をしているうちにわたしたちは意気投合。そのままテーブルをくっつけて、一緒にご飯を食べていた。
互いの言語は異なっていても、えらいもので、ボディランゲージでおおよその意思疎通は可能だった。デザートなんて二種類のパフェを頼んで、当たり前のようにシェアしていた。
気づけば、店内BGMで『蛍の光』が流れるぐらい、わたしたちは大いに盛り上がった。別れ際、LINEを教えてもらおうとしたが、ゾウさんはタッチパネルが使えないので、スマホを持っていないとのことだった。失敬、失敬。
レジの前でゾウはご馳走させてくれと言ってきた。
「ダメだよ。割り勘でいいって」
「パオン!」
「本当に? ……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
外に出た。それぞれの帰り道は反対だったから、ここで解散ということになった。改めて、ご馳走様とお礼を伝え、手を取り合って別れを惜しんだ。
「じゃあね!」
「パオン!」
結局、本を読むことはできなかったけれど、素敵な夜になってよかった。また、ここでゾウさんに会えるといいな。
月明かりの下、空気の澄んだ静かな夜道で、わたしはスキップがちに家を目指した。
(了)
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