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【ショートショート】婚活弱者 (2,005文字)

 三橋誠は50歳になり、いよいよ婚活の失敗を悟った。40歳になったときも絶望的な気分になったが、年収の高さから、万が一を信じて頑張ってきた。

 上場企業に勤めているし、持ち家があるし、次男だし、婚姻歴はないし、マッチングはそこそこできた。美味しいレストランへ行き、会話を楽しみ、今回こそはいけるんじゃないかと期待するたび、

「あなたがもう少し若ければ……」

 と、振られるのが常だった。

 もはや潮時なのだろう。実際、大抵の婚活イベントは30代が中心。40代が参加できるものも少ないというのに、50歳では年齢制限に引っかかってしまう。アプリで出会うにしても、フィルタリング機能があるのか、50歳になった途端、うんともすんとも反応がなくなってしまった。

 ああ。こんなことなら、もっと早く婚活を始めておくべきだった。

 30代まで、三橋誠は女に困ることがなかった。仕事も忙しかったので、空いた時間に会える相手と複数付き合い、取っ替え引っ替え遊びまくっていた。

 いずれ年貢の納め時がくるのだろう。そんな風に甘く考えていた。

 ところが数年のうちに、恋人たちは次から次へと去ってしまった。遊んでいたのはお互い様だったのだ。それぞれ本命の彼氏と堅実にゴールイン。気づけば、三橋誠は孤独になっていた。

 結婚なんて人生の墓場と思っていたにもかかわらず、まわりの友だちも家庭を持ち、休日をどう過ごせばいいのか、すっかり途方に暮れてしまった。

 寂しさで死んでしまいそうだった。とにかく、誰かと一緒に暮らしたい。会話相手を見つけたい。その一心でビビりながらもマッチングアプリに登録してみた。39歳、真夏の夜の出来事だった。

 まさか10年、一度も成果が出ないとは。年齢を重ねるにつれ、難しくなるとは聞いていたけれど、まさかここまでとは驚きだった。

 最初こそ、子どもが欲しいと若い女性にばかりアプローチしていたけれど、途中から、自分にそんな権利はないと自覚した。以来、年齢を問わず、会ってくれる殊勝な方にはすべからく感謝してきた。

 やがて、自分を好きになってくれさえすれば、いくら年上だろうとかまわないと思うようになっていた。かつて、年下としか付き合ってこなかった三橋誠とは思えない心境の変化だった。

 だから、人生の残された時間は消化試合と諦めながら、ネットでいろいろ調べる中で、シニア婚活の存在を知ったときの喜びようと言ったら。欣喜雀躍、狂喜乱舞、起死回生のチャンスがあったと生まれて初めて神を信じた。

 早速、登録してみた。規約に参加資格は50歳以上と書いてあるので、50歳になったばかりの自分はめちゃくちゃ有利と胸が躍った。きっと入れ食い状態になるだろう。選り取り見取り、好みのタイプをじっくり選ぼう。久方ぶりに余裕綽々だった。

 しかし、どういうわけか、一向にマッチングする気配はなかった。もしや、ほとんどユーザーがいないのでは? 不安になって問い合わせしてみたところ、会員は200万人以上いると返事があった。

 んな、アホな!

 三橋誠は疑った。サイトの情報によれば、毎週末、各地の高級ホテルでリアルイベント開催中とあったので、現地を訪ね、その嘘を暴いてやると怒りに震えた。そして、事と次第によっては運営会社を警察に告発してやろう。

 数日後、三橋誠はホテルに向かった。受付の案内板を見たところ、たしかにシニア婚活のイベントが開催されていた。

 なるほど、会場を借りるだけ借りてはいるらしい。ただ、中はガラガラに決まっている。さあ、その全貌を明かそうじゃないか。

 しかし、宴会場の扉を開けるなり早々、目の前にはオシャレな格好で和気藹々、何百人のシニアが甲高くおしゃべりしている光景が熱気むんむん、広がっていた。

「こ、これは……」

 想像を超える盛り上がりに三橋誠は言葉を失った。そして、とんでもない事実を知るに至った。

 なんと、会場内でモテている男性は軒並みヨボヨボの爺さんたちなのである。60代より70代、70代より80代。腰は曲がり、まともに口も動いていない死にかけの老人ほど大人気。さっぱり意味がわからなかった。

 隅っこで立ち尽くす三橋誠を見つけ、妙齢の女がぬるっと近づき、

「面白いでしょ。シニア婚活」

 と、声をかけた。

「え? 面白い?」

「だって、ここでは歳をとった男ほど結婚がしやすいのよ。若い子たちの婚活とは真逆なの」

「たしかにそうみたいですが、いったいどうして?」

 女は高らかに笑った。

「そんなの決まってるでしょ!」

 三橋誠は少し考え、その答えに辿り着いたとき、改めて自分が婚活弱者であることを認めざるを得なかった。

 持病はなかったし、酒も飲まず、タバコも吸わなかった。おまけに生命保険に入ってもいなかった。ジムにも通い健康だった。

 女は三橋誠の背中をポンポン叩きながら、

「あなたがもう少し老いていれば……」

 と、残念そうにつぶやいた。

(了)




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