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【料理エッセイ】コーンポタージュとサヨナラバス

 寒い。寒い。とにかく寒い!

 外を歩くことがなにかの罰なんじゃないかと疑わしくなるような冬がやってきた。手袋やマフラーを使っても、ちょっとした隙間から入り込む冷気に蝕まれ、ガタガタ、震えながら日々の買い物を済ませている。

 そんな道中、ぽわんと光る自動販売機はさながらセーブポイントのようで、あったか〜い飲み物が欲しくなる。

 そういうときはだいたい夕方以降なので、コーヒーは眠れなくなりそうで選択肢から外す。無難にいけば緑茶かほうじ茶なんだけど、たまにはスープもいいかなぁとコーンポタージュを買ってみた。

 ガゴンッ。

 落ちてきたスチール缶をつかみ取れば、氷みたいな指先が痛くなる。手のひらで包み込み、ぬくもりをじんわりと受け取った後、ゆっくりとプルタブをひねれば、甘い香りが漂ってくる。口をつけると意外と適温。とはいえ、美味しいものがじんわりと喉を流れ落ちていくのがわかるぐらいには心地よい。そして、不意に、頭の中に『サヨナラバス』のメロディが流れ始める。

 毎年、この時期になるとコーンポタージュを飲み、わたしは『サヨナラバス』を思い出す。でも、ゆずの歌声じゃない。中学時代の先輩が地元の駅ビル前(横浜ではない)で演奏していた『サヨナラバス』だ。

 先輩は最高にカッコよかった。背が高くて、目が大きくて、彫りが深くて、しかも、話が面白かった。まぶん、こういう人が芸能人になるんだろうなぁと漠然と思っていた。

 そんな先輩があるとき、ギターを始めた。なんでも、ゆずに憧れているらしく、

「俺もゆずみたいに音楽の力で人を笑顔にさせたいんだよね」

 と、放課後の帰り道、恥ずかしそうに語ってくれた。だから、ゆずが横浜でストリートライブをやっていたように、自分も駅前でストリートライブをやってみるという。ついては客として聞きに来てくれないかと頼まれた。

 もちろん、行くと答えた。スケジュールを聞き、その日は塾があったけどかまわずサボって、先輩の歌を聞くため、駅前に向かった。

 しかし、そこには誰もいなかった。ロータリー広場。うちの地元で人通りがあるのはそこしかないので、もしや、日付を聞き間違えたんじゃないかと不安になった。当時、わたしはまだ携帯を持っていなかったので、連絡のとりようもなく、すっかり途方に暮れてしまった。

 十分。二十分。とりあえず待ってはみたけれど、先輩がやってくる気配はない。悲しい気持ちでいっぱいになり、諦め、帰り始めたところ、自転車を停めていた駅ビルの裏手の先からギターの音が微かに聞こえてきた。

 まさか?

 恐る恐る覗きに行くと、先輩があぐらをかいてアコースティックギターを抱え、こじんまりとピックを動かしていた。

「おお! 来てくれたんだ! ありがとう!」

 先輩はわたしに気がつくと手を止め、嬉しそうに声をかけてきた。なんでこんな人通りの悪い場所で? 正直、そう思ったけれど、口に出すのははばかられた。

 近くに行くと先輩はゆずの『サヨナラバス』を弾き語り始めた。たぶん、手拍子でもなんでもした方がよかったのだろうけど、誰も見ていないのに盛り上がるのもバカらしく、気の利かないやつを甘んじて受け入れた。

 演奏後、先輩はまた『サヨナラバス』を歌った。その後も『サヨナラバス』で、なにかの拍子にリピートボタンを押してしまったんじゃないかと疑わしいレベルで繰り返した。

 さすがにボケか?

 一か八か、

「どんだけサヨナラバス好きなんですか!」

 と、言ってみたけど、笑いはなかった。

「まあね」

 静かな返答に申し訳なくなってしまった。

 後日、聞いた話ではまだ『サヨナラバス』しかちゃんと弾けなかったらしい。たぶん、まだストリートに出る状態じゃなかったのだ。

 ただ、当時のわたしはそんな事情はつゆ知らず、なんの時間なんだろうと思いながら先輩の『サヨナラバス』を聞いていた。

 謎だったのは、途中、自転車置き場に用がある人が通るたび、先輩の声は極端に小さくなり、ギターの音も遠くに行ってしまったみたく聞こえなくなること。だんだん、こいつ、この期に及んで恥ずかしがっているいやがると察しがついた。

 もはや不毛にもほどがあった。なんのために寒空の下、わたしだけ自信なさげな『サヨナラバス』に耳を傾けなくてはいけないのか? こんなことなら、普通に塾で勉強しておけばよかったと損した気分になってきた。

 とはいえ、先輩にそんな不満を明かせるはずもなく、結局、一時間ちょっとが経ってしまった。たぶん、先輩も目的が見えなくなっていたのだろう。やおら立ち上がり、

「帰ろうか」

 と、目を合わさずにつぶやいた。

 帰り道、自動販売機があった。

「なにか飲む? おごるよ」

 そして、コーンポタージュを買ってもらった。二人、なにも言わずに飲みながら歩いた。底に残ったとうもろこしの粒々を食べようと先輩はズズーッと豪快に吸い上げたり、上を向いて缶をとんとん叩いたり、やたら人間臭かった。別にどう飲むのも自由だけど、なんか無性に嫌だった。

 あれから二十年弱。

 地元から離れた東京の夜道を行きながら、やはりコーンポタージュの底に粒々が残ってしまうけれど、わたしは潔く諦める。『サヨナラバス』を思い出しながら。




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