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【ショートショート】「す」でコルクを抜いて「ひ」でワインを飲もうとしたけれど (689文字)
上司から赤ワインをもらったのだが、うちにはコルクを抜くやつがなかったので代わりに「す」を使うことにした。大きな声で「す」と言い放ち、音が消えてしまう前に慌ててつかみ取ってやった。「す」の下に伸びた部分をコルクに刺して、横に伸びた棒をつかんで引っ張りあげると力の入れ方がダメだったのか、「す」は粉々に壊れてしまった。でも、コルクは抜けたので目的は果たせた。
ただ、そのとき、ワインがこぼれてしまった。早く拭かなきゃと「へ」を雑巾として使うことにした。あっという間に「へ」は赤く染まり、洗うのも面倒なのでそのままゴミ箱にポイした。
なんだか疲れてしまった。こうなるとキッチンまでコップを取りに行くのは面倒で、やや歪だけど「ひ」に注いで飲むことにした。
ワインの味は最高だった。上司から誕生日プレゼントがあると言われたときは裏を勘ぐり不安になったものの、これだけ美味しいのなら大歓迎。素朴にありがたかった。しかし、元来、アルコールに弱い僕なのでつまみもなしにワインを飲み続けられるわけもなく、たちまちつまみがほしくなった。
そういえば、冷蔵庫に乾酪があったっけ?
テンション高く立ち上がるとき、うっかり僕は「ひ」をテーブルに置いてしまった。たちまち不均衡からぐらぐら揺れて、
「あ!」
と、叫ぶより早く、ワイン入りの「ひ」は転がり落ちてバリバリ派手に割れてしまった。またしても床は朱色に汚れてしまって、「く」も雑巾として使わざるを得なかった。
そういうわけで、以来、私のボキャブラリーから「す」と「へ」と「ひ」と「く」は失われてしまって、「あ!」はいまもダイニングに浮かんだままなのだ。
(了)
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