【映画感想文】脇役にだって人生はある。主役じゃなくても生きていかなきゃいけないんだよ! - 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』監督: アレクサンダー・ペイン
渋谷のル・シネマでけっこう前から看板を出したり、予告編を流したり、やたら推している映画があった。『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』という寄宿学校でクリスマスに帰る場所がなく、残された人たちのヒューマンドラマらしい。
キャストもストーリーもめちゃくちゃ地味で、名作『サイドウェイ』の監督と主演が再びタッグを組んだという情報が一番キラキラしている。たぶん、普通だったらスルーしている作品だと思う。
それなのにこんなにも宣伝に力を注いでいるということは、誰かがみんなに見てほしいと熱くなっているわけで、わたしは勝手にメッセージを受け取り、「じゃあ、見てみようかな」と期待もせずに劇場へ行ってみた。
結果、すごくよかった。
予想通り、物語はひたすら地味で、主役らしい人が一切出てこなかった。いや、ここまで華がないとは思っていなかった。
ポール・ジアマッティ演じる古代史の先生は性格が悪く、独身で、身体が臭くて学校一の嫌われ者。融通も効かないので、有力者の息子を落第させてしまって、立場が危うくなっている。
クリスマスなのに唯一行き場のない少年は言動に問題があり、これまたみんなから嫌われている。普通、こういう映画だと若さゆえの正義感からキツいことを言ってしまうように演出されるけれど、この子は真っ直ぐ問題児。暴言に暴力にどうしようもない。
そして、息子をベトナム戦争で亡くした食堂のおばちゃんが二人のために料理を作る。彼女は黒人で、若くして旦那さんを事故で失い、一人息子を育てるためにこの学校で長年働いてきた。
いわゆるアメリカのエリート学校が舞台で、人生を主役として生きる金持ちの子どもたちが何百人といる環境であるにもかかわらず、その脇役と言うべき3人が不本意にクリスマスを共にするのだ。
まあ、最初は噛み合わない。別にお互いを好きなわけでもなんでもないし、バックボーンも全然違うし、趣味だって異なっている。とりあえず、年が明けるまでやり過ごせばそれでいいとみんな無気力である。
ただ、ちょっとした事件の積み重ねから、三人はそれぞれの事情で人生に絶望していることがわかってくる。表面的な付き合いでは「もっと上手く生きればいいのに」とつい呆れてしまうけれど、本人にとってはそうできない理由がちゃんとあったのだ。
意図せず、弱さが曝け出されたとき、三人はゆっくりと自分たちの共通点を見出していく。この微かなつながりが形になっていく行程はしみじみと心に沁みる。
三人とも別に悪いことをしたわけじゃない。時代だったり、社会構造だったり、複雑な仕組みの中で犠牲を強いられる側にたまたま置かれてしまっただけ。それは理不尽なことだけど、文句を言っても仕方ない。だって、家族でクリスマス休暇を過ごせる幸せな人たちに彼らの姿は見えていないんだから。そのやるせなさがひたすら切ない。
よく「誰もが人生の主人公」なんて言葉が使われる。あなたの人生は素晴らしいというエールの意味を込めているのはわかるけれど、生まれや育ち、現在の状況から鑑みるに、主人公なわけないだろって人生はある。
わたしもそうで、子どもの頃から「誰もが人生の主人公」という言葉が嫌いだった。自分が脇役なのは重々承知しているにもかかわらず、それじゃダメだと暗に責められているようなプレッシャーを感じた。
主人公であることを称賛する背景には、脇役を軽んじる意識が隠れている。まるで脇役には価値がないかのような言いっぷりだ。
でも、脇役として30年以上生きてきた経験から、それでも生きていかなきゃいけないんだよ! と声を大にして叫びたい。
置いてけぼりを食らっても、のけものにされたとしても、世間に誇れるような仕事ができていなくても、そう簡単には死ねないよ。客観的には特別な日々を送れていなかったとしても。
結局のところ、わたしはわたしという存在から離れることができないわけで、わたしという不完性を諦め、受け入れ、この肉体と精神でなんてことない日常をやり過ごしていくしかない。
もちろん、羨ましいとは思う。華やかな経験を積み、愛にあふれた家族や友だちに囲まれて、みんなから賞賛される主役らしい人生を送れる人たちのことは。SNSを見ているとキラキラした投稿にあふれかえり、自分以外の全員はそんな生活を送っているんじゃないかと憂鬱になる。
でも、本当は全然そんなことないし、脇役には脇役なりの物語があるってことを『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は鮮やかに描き出していた。
派手なことは起きない。逆転もない。なんでそうなっちゃうんだろうとやる気のなくなる出来事の連続で、映画としてはパッとしない。なのに、これほど希望がもらえる2時間はそうそうないだろう。
ル・シネマが推していた気持ちがよくわかる。これは一人でも多くの人に見てもらいたい。特に、「人生の主役」という呪いに飽き飽きしている、すべての不運な脇役たちに。
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