【映画感想文】コロナ禍の東京でおむすびが新たな縁を結んでいく! みんなで「絆」を信じてた2010年代の空気が懐かしいほっこり美味しい作品でした - 『ココでのはなし』監督:こささりょうま
予告編で見た山本奈衣瑠さんと吉行和子さんのキュートな雰囲気に心をつかまれ、『ココでのはなし』を見てきた。
コロナ禍の東京。オリンピックは開催されるも、予定と違って人の流れが完全に途絶えてしまった下町のゲストハウス・COCOが舞台のヒューマンドラマ。そんな時期でも、いや、そんな時期だからこそ、泊まりに来る人たちはそれぞれにそれぞれの悩みを抱えている。
ひとむかし前の邦画にはよくあるタイプの構成で、COCOを中心にお客さんの物語がオムニバス形式で展開していく。そして、最終的にはみんなが集まって、大団円を迎えるというもの。
なお、みんなの悩みは人間関係。疎遠になっていた昔の知り合いと久々に会うため気まずさを抱えていたり、中国出身だけどこのまま日本に残るべきか迷っていたり、亡くなった母親の再婚相手である父親から逃げてきてしまったり、まあ、いろいろあるわけだ。で、ゲストハウス・COCOのオーナーと住み着いているおばあちゃんがカウンセラーのような役割を果たし、余裕のある一言で光を与える。
この流れは紋切り型であり、どこかで見たことあるようなお決まりのパターンなので、特に斬新なことはなにもない。それこそ、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)みたいに逃げることが肯定されるし、『半沢直樹』(2013年)さながらイヤなおっさんはやっつけちゃおうと笑う。一つ屋根の下で過ごしたら家族であるという雰囲気は是枝裕和監督の『そして父になる』(2013年)や『海街diary』(2015年)、『万引き家族』(2018年)を彷彿とさせる。ただ、それは決して引用という形で散りばめられているのではなく、ごく自然な演出として作品に内面化していた。
その上で登場人物たちを突き動かしているのは食事であり、COCO名物の無料おむすびを食べることで各自乗り越えなきゃいけない問題に向き合うパワーをゲットしていく。おばあちゃんの仕込んだ果実酒を飲んでモヤモヤを晴らしていく。この辺の仕組みはお菓子研究家の福田里香さんが『ゴロツキはいつも食卓を襲う: フード理論とステレオタイプフード50』(2012年)で提唱しているフード理論に即していた。
フード理論というのは①善人はご飯を美味しそうに食べ、②正体不明な人物はご飯を食べず、③悪人は食べ物を粗末に扱うという三原則を基本とする類型のこと。多くの映画やアニメでキャラクターの性格を特徴付けるにあたって、このような演出が施されているというのだ。
また、物語における食べ物はエネルギーの根拠とされ、基本的に強いやつはたくさんご飯を食べると言われている。ジャンプ漫画は顕著で『ドラゴンボール』の悟空も、『ONE PIECE』のルフィも、『鬼滅の刃』の炭治郎もめちゃくちゃ食べる!加えて、食卓を共にすることは友情の証とされていて、宮崎駿作品だと戦いの前には仲間同士で一緒にご飯を食べるし、新海誠作品でも食事を通して信頼は固くなっていく。
このフード理論はTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』で紹介され、2010年代における映画の見方に革命を起こした。
というように、『ココでのはなし』を見ていると2010年代の要素がこれでもかって詰まっているのだが、通奏低音として困っている人を助けたいという気持ちが流れているため、その既視感にほっこりとするものを覚えた。同時に、懐かしさも込み上げてきて、コロナ禍によって余裕がなくなった2020年代を生きる現在の我々を取り巻く息苦しさに気づかされた。
思えば、2010年代の日本は東日本大震災によって始まったわけで、「絆」という言葉を全国民が共有した。もちろん大きな事件や社会問題も発生したが、一応、改革が進められ、働き方やLGBT理解など、多様な生き方が認められるようになった。
しかし、一方で格差は広がり、「〜なう」と気軽に使われていたSNSは思想の戦場と化し、徐々に「絆」は形骸化。10年代の後半には世界的に強権的なリーダーが次々台頭、国内でも安倍内閣の是非は繰り返し問われた。また、相模原障害者施設殺傷事件(2016年)や京都アニメーション放火殺人事件(2019年)などこれまでになかったタイプのテロリズムが社会に暗い影を落とし、さながら世の中の底が抜けてしまったようだった。
そのまま2020年に突入次第、すぐさまコロナ禍が発生。感染症対策という大義名分のもと、緊急事態宣言が何度も繰り返し発令され、日常は消え去ってしまった。多くの人が自分の仕事に「不要不急」の烙印を押された。対して、医療関係者を中心にオーバーワークが常態化した。田中角栄の『日本列島改造論』がインターネットの普及によって現実化、いまや、北海道から沖縄まで同じ価値観を共有できているはずだった日本の『絆』はどこへやら。その人の立場によって、見えている世界がまったく違うものになってしまった。
毎日、誰かしらが炎上し、誰かしらが謝罪している。災害が起きてもあっという間に忘れ去られ、過疎地を切り捨てることは合理的な判断であると平気で言えるようになってしまっている。フェイクニュースが駆け巡り、自分と意見の合わない人たちをアンチと呼んで遠ざける。反◯◯というレッテルが簡単に貼られ、不安な気持ちを表明すれば、頭が悪いと人格ごと否定されてしまう。
いまやそれが普通なので、別段、おかしいとも思わなくなっているけど、ふと、『ココでのはなし』を通して2010年代らしさに触れ、ついこの前までわたしたちは「絆」を信じることができていたはずなのに……と切なくなった。
上映後の舞台挨拶で、監督が山本奈衣瑠さん演じる住み込みスタッフは福島出身の設定なんだと教えてくれた。地元の食材を取り寄せ、ゲストハウスのお客さんに食べてもらっているというのだ。
それを聞いて、てっきり、意図的に2010年代を総括するような映画を作ったんじゃないかと思ったけれど、質疑応答でそうではないと言っていた。コロナ禍のゲストハウスは大変だろうというところから、あのとき困っていた人たちにフォーカスを当てるというのが企画の始まりだったとか。また、撮り方についても山田洋次監督をリスペクトし、それ故に食事シーンにこだわったということだった。
ちなみにこの舞台挨拶、落語家の林家正蔵師匠がゲストだった。
正蔵師匠は作中には登場していないが、ケツメイシ『WE GO』のMVで主演を務め、そのとき、本作のこささりょうま監督がメガホンをとっていた関係で交流が続いているらしい。
さて、そんな正蔵師匠のトークはべらぼうに愉快で最高過ぎた。普通、映画の舞台挨拶イベントなんて、制作秘話や作り手の想いを語るケースがほとんどで爆笑なんてそうそうない。だけど、そこはさすが噺家。楽しくって仕方なかった。
なにせ、映画の感想として、
「家族のことで悩んでいる人たちが出てきましたが、うちも家族は大変で……」
みたいなことを言うんだもん。そりゃ笑っちゃうよ。
ただ、単に面白いだけでなく、そういう困っている人たちに寄り添いたいという監督の想いは「業の肯定」を是とする落語に通じるものがあると大事な視点を示してもくれる。
特に、落語協会の成り立ちについての話は考えさせられた。なんでも、江戸から明治にかけて、東京には寄席がたくさんあったのだけど、1923年9月1日、関東大震災によってほとんどが消失してしまったんだとか。それでも人々を勇気づけるために笑いを届けたいということで1924年落語協会は発足する。現在まで100年続く落語協会は戦時中も政府の圧力を受けながら、寄席を開け続けたという。唯一、コロナ禍を除いては。あの強制的な自粛ムードに、正蔵師匠でさえ、落語家として生きている意味がわからなくなったという。
コロナも明け、インバウンドも増え、マスクをつける人も減っている現在。喉元過ぎればであの頃のしんどさを口にすることもなくなった。でも、やっぱり、困っている人は困っていたし、下手したら困ったまま亡くなっているかもしれない。入江悠監督の『あんのこと』はそういう映画だったが、いま、しっかり語り伝えていくことは重要だ。
ゲストハウスCOCO名物の無料おむすびがそこにいる人たちの縁を結ぶ。
いまなら素敵なサービスとして、当たり前のように受け入れられることだけど、当時は人が手で握ったものを食べるなんて感染症リスクの高い行為で、やっていたら自粛警察は吊し上げられ、大炎上していたとしてもおかしくはない。
もちろん、どっちが正しいとか、正しくないとか、そういう話ではなくて、この数年でわたしたちの価値観はそれだけ激しく変わっているということなのだ。
実際、わたしだって2020年におむすびを食べる気にはなれなかった。それどころかゲストハウスなど外泊することすら嫌だった。だって、里帰りすることすらウイルスを運ぶからやめろと言われ、入院している家族に会うこともできなかったわけだからね。いつだって「◯◯ぐらい我慢しろよ」の文字が頭の中を支配していた。なのに、2024年のわたしは一期一会の宿泊者たちが縁側で酒盛りする姿に憧れて、おむすび食べたいなぁとお腹を鳴らしている。
思い出さなきゃいけない。コロナ禍がいかに大変だったか。さらに思い出さなきゃいけない。東日本大震災のあと、わたしたちは「絆」を大切にしていたんだ、と。そうすれば、未来の思い出の中で、2020年代は「分断」の時代から「絆」の時代に変わっているかもしれない。
大袈裟かもしれないけど、『ココでのはなし』みたいな映画から「絆」は復活していく気がする。
そんなことを考えながら、今朝、入場特典でもらったゆかりのふりかけでおむすびを作った。
ほっこりした。
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