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【読書コラム】共産党の議員だったお父さんとのエピソードがいい! 散歩してたら、奥田民生の本が「ご自由にお持ちください」と置いてあったから持って帰ったよ - 『奥田民生ショウ』宇都宮美穂(著)

 近所を散歩していたら、床屋さんが軒先に本をずらりと並べて、「ご自由にお持ちください」をやっていた。

 貧乏性なわたしはこの「ご自由にお持ちください」が大好きで、お皿でも家具でもなんでもお持ち帰りしてしまう。だから、その一言を見るや否や、触れるように寄っていかざるを得なかった。

 こういうとき、自分が欲しいものなんて基本的には見つからない。求めているのはそういう運命の出会いではなく、本来だったら交わることのなかった他人の趣味と邂逅すること。いわば、誤配に似た形でわたしの人生に入り込むはずのなかったナニカを手にする面白さに喜びがある。

 だから、期待はせずに山積みの本をささっとチェックしていたところ、奥田民生の名前が視界にどんっと飛び込んできた。なにせ、カラフルなんだもん笑

 音楽を聞くのは好き。でも、フェスに行くだけのバイタリティは持ち合わせていないわたしにとって、唯一、ライブを生で見たくてチケットを買ったのが奥田民生だった。

 それも10年近く前。広島のマツダスタジアムで行われた「ひとり股旅スペシャル」という特別なコンサート。そのために広島旅行をするぐらいには熱中していた。(というか広島旅行もしたかった笑)

iCloudに保存されてたやつ!

 もちろん、世代ではない。わたしが生まれた1993年にユニコーンは解散していたし、物心ついたときにはパフィーの方が大活躍で、それに関わっているおじさんという印象でしかなかった。

 でも、徳光和夫と中山エミリが司会をやっていた『速報!歌の大辞テン』という番組で1989年のヒット曲として『大迷惑』のミュージックビデオが流れて、心を鷲掴みにされてしまった。

 オーケストラの演奏をバックにエアリーな髪型で崩れ落ちるように熱唱する奥田民生はあまりにもカッコよかった。コミカルなサウンドと異様な声量、かつ、ふざけているような歌詞が魅力的だった。だって、なんてことないサラリーマンが主役の歌だなんて。これまで聞いたこともなかった。

 しかも、それが1989年というバブル真っ只中にリリースされたというこら驚きだった。きっと、売れっ子ミュージシャンとして西麻布なんかで遊んでいたはずなのに、どうして市井で働く人々の苦悩がわかるんだろうと不思議で仕方なかった。

 高校に入り、世界史の授業でNHK『映像の世紀』を見たとき、黄金の20年代を謳歌していたスコット・フィッツジェラルドがその終わりを認識していたと知った。上りに上がった株価が崩落したブラックマンデー。世界恐慌前夜にエッセイ『ジャズエイジのこだま』において、リンドバーグのニューヨーク・パリ間飛行の成功をめぐり、こんなことを書いていたというのだ。

何か光り輝く異様なものが空をよぎった。同世代の人びととは何も共通点も持たないかに見えた一人のミネソタ出身の若者が、英雄的行為を成し遂げた。しばらくの間、人びとは、カントリークラブで、もぐり酒場で、グラスをしたに置き、最良の夢に思いをはせた。そうか、空を飛べば抜け出せたのか。われわれの定まることをしらない血は、果てしない大空にならフロンティアを見つけられたかもしれなかったのだ。しかし、われわれは、もう引き返せなくなっていた。ジャズエイジは続いていた。われわれは、また、グラスを上げるのだった。

NHK『映像の世紀 第三集 それはマンハッタンから始まった』より

 この美しい文章にわたしは奥田民生を重ねた。東京の中心で才能あふれる若者として活躍しながら、自ら好きなことを選んでいるようで、実は選ばされていると一人だけ気がついている。

 自由なようで不自由な日々。

 そのことが歌詞に反映されていた。素敵な妻と暮らすため、マイホームを建てたばかりの男は単身赴任を言い渡され、こんな風に絶叫する。

帰りたい 帰りたい 君は誰 僕はどこ
あれは何 何はアレ お金なんかはちょっといいのだ

ユニコーン『大迷惑』作詞:奥田民生

 父親のコネでいい会社に入ったはいいけど、恋人もできなければ、友だちもいない男はこんな風に嘆く。

いつも僕はひとりきり フロに入って寝るだけ
いつも僕はひとりきり 明日のために寝るだけ
いつも僕はひとりきり いつも僕はひとりきり

ユニコーン『働く男』作詞:奥田民生

 社内恋愛で付き合っている恋人を仕事のできる上司に奪われてしまった男はなんのために生きているのかわからなくなってしまう。

アメリカ帰りで独身 なんだそのえらそなヒゲ
僕の見てる目の前で ボインに手を出した
何かがおかしい何かが あなたのようになりたいが
会社とはなんだ 人生とはなんだ

ユニコーン『ヒゲとボイン』作詞:奥田民生

 地元の高校を卒業後、広島のコンピュータ関係の専門学校に進学し、ほとんど授業に出ることなくバンド活動に励んだ奥田民生はユニコーンに加入し、デビューと同時に上京。精力的にアルバムを制作し、面白い演出にこだわったライブを重ねたことで評判を呼び、あっという間に人気バンドのボーカリストになってしまったわけで、もちろん、サラリーマン経験なんてあるはずはない。なのに、どうして? こんな歌詞が書けるのか!

 それがずっと気になっていた。

 さすがに答えが綺麗にわかることはない。だけど、たぶん、奥田民生のお父さんが共産党の市議会議員だったことが影響しているんじゃないかと勝手に予想してきた。

 久米宏のラジオに奥田民生がゲスト出演した際、民生という名前は民青から来てるんですよねって聞かれていて、そうだったのかと驚いた。ええ、親父が共産党の市議会議員だったんでと軽く答えていた。

 この時代の人たちって、子どもにそういう名前をつけがちだよね。有田芳生がヨシフ・スターリン由来なのは有名な話。他にも、礼仁(あやひと)さんはレーニンみたいな例もあるらしい。

 しかし、まさか、民生が民青だったとは。わかる人には一目瞭然らしいけど、わたしは全然わからなかった。

 さて、今回たまたまご自由にお持ち帰りすることができた『奥田民生ショウ』を読んでみてよかったのは、そんなファンキーなお父さんとのエピソードがいろいろ掲載されていたこと。なんなら、お父さんのインタビューまであった。

 まず、最高なのは小学生の頃から親子でしんぶん赤旗を配達していたという話。

ー共産党議員のお父さんにまつわる思い出ってありますか?
「んはっ。あのねぇ、毎朝必ず4時に起きて新聞配ってた」
ー赤旗新聞を?
「そうそう。ずうっとやってたよ」
ー偉いねえ。それは偉い。
「やるヤツがいないからっつって自分でやってるんですよ。"朝起きるのは平気なんだ"って言って、"別に辛くもなんともない"とは言ってたけど」
ー頭下がるでしょ
「まあ、立派だけど。でも僕も週いちではやってたんですよ。必ず」
ー手伝ってたんだ。
「小学生の頃からねぇ。東京に出てくるまではずうっと、……だから日曜日は早く起きなきゃいけなかった。俺は。日曜版っていうのがあって、それを配るんです」
ーそれはバイトになるの?
「うん。こづかいもやるからっつって。こづかいったって5千円ぐらいだよ?」
ー高校の頃って、そんなの嫌って言わない?
「だって"配るもんが他におらん"って言われたら"ああ、そうですかー"つって言うほかないよねぇ?」

宇都宮美穂『奥田民生ショウ』100頁

 この距離感が素晴らしい。ひねくれようと思ったらいくらでもひねくれられる環境だったと認識しながら、そうはしなかったと語っている。子どもながらに大人として、バランス感覚を発揮していたらしい。

 ただ、それはお父さん側も同様だったみたいで、インタビューからそのことが垣間見えた。

 人気者になった息子について、どう思うか書かれて、こんな回答をしていた。

父 うん。昔から人に好かれて損なことはないから、人には好かれなさいよ、とは言ってきたけども……。いや、ワシねぇ、共産党の議員しよったの辞めてねぇ、いまの仕事始めたけども、自民党の議員とも、社会党の議員とも、付き合いよるわけです。だからね、"おまえは自由共産党じゃあ"って、みんな言いよる。やっぱ人に好かれるように一生懸命したつもりじゃないけど、人の悪口は言わんとかね、みんな同じように付き合うとかね、大事じゃな、つくづく思うたからねぇ。

宇都宮美穂『奥田民生ショウ』194頁

 むかしの野党系の議員さんって、こういう人付き合いの上手さがあったよね。議会ではしっかりぶつかっていくけれど、日常では尊重し合えるというか、SNSで罵詈雑言をぶつけたりようなマネはしていなかった。

 それはスマホの普及によって、技術的に変わってしまったせいかもしれない。だが、かつて存在していた政治家としての志を多くの人が忘れてしまっているように感じる。期せずして、奥田民生の本から大事なことを思い出させてもらった。

 ちなみに先日、奥田民生はソロ活動30周年を迎えた。来年には60歳を迎えるらしい。

 これに合わせて新しい本も出しているようで、せっかくだし、30年以上前の本と読み比べてみようかなぁ、なんて思っている。

 やっぱり、「ご自由にお持ちください」は自分の人生に入り込むはずのなかったナニカを手にする面白さがあるね。つい、スルーしがちだけど、果敢にお持ち帰りしていこう!




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