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【映画感想文】究極の健康法は食べないこと! なにも食べなければ環境も守れるし、行き過ぎた商業主義を止められるし、格差の問題もなくせる……なのにどうして食べ続けるの? - 『クラブゼロ』監督:ジェシカ・ハウス

 ワクワクするような映画が公開された。舞台はエリート高校。栄養学の先生が赴任してくる。特別な授業に集まった生徒たちに新しい食事法を伝授する。

「意識的な食事を心がけなさい」

 スマホを見ながら片手間に食べ物を口に入れるのではダメ。一口サイズに切り、目の前の食材に集中し、ゆっくりと味わうこと。そうやって丁寧に咀嚼をすれば、たくさんの量を食べなくても満たされる。

 先生は言う。過剰な食事によって保存料など身体に悪いものを摂取してしまっているのだ、と。食品業者は儲けるために環境を破壊してまで野菜を育て、畜産を営んでいる。金持ちが贅沢に飽食を楽しんでいるせいで社会に格差は広がり続けている。

 生徒たちは意識的な食事の意義を実感し、自分のために、世の中のために、食べる量を減らしていく。やがて、先生はさらなる高みを目指しましょうと提案。

 つまり、なにも食べるな、と。

 にわかには信じられないけれど、先生曰く、人間は食べなくても生きていけるらしい。食べなきゃ死ぬというのは思い込み。その偏見を捨てることができれば、食べなくても大丈夫。実際、そうやってなにも食べない生き方を選んでいる人はいるし、わたしもその一人なのよ。

 ……あり得ないよね。普通に考えて。

 でも、意識的な食事を実践し、様々な効果を体感してきた生徒たちは先生に心酔。当然、より幸せになれるならと指示に従わないではいられない。

 当然、なにも食べなくなれば家族は心配する。如実に身体も痩せてくる。

「食べなさい!」 

 なぜ食べないのか理解できないので、イライラし、怒鳴ってしまう。ただ、子どもたちの信念は強く、頑なに絶食を継続する。

 なにせ、親たち大人は偉そうなことを言っても、環境問題や行き過ぎた商業主義、社会の格差をなくすための行動をとろうとしない。よくないとわかっていながら、これまで通りの生活を罪悪感なしに送っている。なんて無責任なんだろう!

 一方、先生はとても偉い。だって、なにも食べないという生き方で世界を変えようとしているんだもの。

 もし、このまま人々が悔い改めることなく、好き放題に食べ続けたとしたら悲惨な未来が待っている。そうなっても、なにも食べない生き方ができれば、自分たちだけは生き残ることができるはず。ありがとう、先生! 僕たち、わたしたちを救ってくれて!

 逆に、あなたはどうして食べ続けるの?

 これはもう明らかなマインドコントロールなんだけど、大人はこの問いに答えられない。現実のわたしも途方に暮れてしまった。

 たしかになにも食べない方がいいに決まっている。ありとあらゆる問題が解決するわけで、こんな素晴らしい話は他にないではないか。唯一、問題なのはなにも食べなかったら死んでしまうということだけ。

 いや、それは単なる思い込みなんだと先生は説明していた。みんな、人間はものを食べなきゃ生きていけないと幼い頃に教えられ、ずっと洗脳状態にあるという。

 平岡直子の短歌が思い出される。

洗脳はされるのよどの洗脳をされたかなのよ砂利を踏む音/平岡直子

平岡直子歌集『みじかい髪も長い髪も炎』より

 結局のところ、わたしたちの常識もまた洗脳の一形態であり、非常識という洗脳に対して、さほど偉そうな顔もできないのである。なんなら、向こうからしてみたら、こちらは古い洗脳にかかったままの哀れな存在。「早く解放された方がいいのに」と思われている。

 これ、陰謀論にハマる人たちの構造そのものである。

 コロナ禍をきっかけに陰謀論にハマった知り合いがけっこういるけど、みんな、悉くそういう感じだ。ワクチンを打つなとか、トランプ大統領が世界を救うとか、小麦粉は人間を病気にするためのものだから食べちゃダメとか、定期的に長文メールが送られてくる。

 最初はどうしてそんなことを信じてしまうんだろう? と不思議だったが、何度も一緒にお酒を飲みつつ、じっくり意見を聞かせてもらって、わかってきたことがある。

 結論だけ見ると常識とあまりに違っているから驚いてしまうけど、根拠を尋ねていくと一応の筋は通っているのである。例えば、ロスチャイルド家がこういうことを企んでいて、それに同意する形で資金援助された会社が大きくなり、各国な政治家を支援しているのでこうなってしまうみたい感じで論理はつながっている。前提が間違っていることを除けば、陰謀論は正しいのである。

 なんなら陰謀論の方が我々の常識よりも因果関係が緻密で、真実を知りたいと望む人にとってはその複雑さが本当らしさの担保になっていたりする。木澤佐登志さんの『終わるまではすべてが永遠: 崩壊を巡るいくつかの欠片』という評論集の中にDeep State Mapという陰謀論とされる出来事のつながりを可視化した地図で、複数のルートが存在しているけれど、失われたアトランティス文明の先にトランプ大統領就任が致していることがよくわかる。

中央下あたりにトランプについての記述あり

 これだけ作り込まれているストーリーはそうそうない。日本史や世界史の教科書なんて、これと比べたら内容はスカスカ。議論をしたら陰謀論者の方が雄弁に歴史を語れるわけで、その前提が間違っていることを無視すれば、陰謀論者の方が世界の仕組みを理解しているように見えるのは間違いない。

 じゃあ、陰謀論に対抗するためには前提が間違っていることを明らかにすればいいのではないか。普通に考えればそうなる。ただ、それがめちゃくちゃ難しいので、これほど社会は分断してしまっているというのが現実だろう。

 映画『クラブゼロ』はそのことを巧みに描いていた。いくら大人が子どもたちに食べなきゃ死んでしまうよと説明しても、それこそ食品業界が儲けるために普及させたデマなんだと反論してくる。こうなってしまうとどうしようもない。だって、食品業界が儲けているのは本当だし、食べなきゃ死ぬという科学的なデータを出している研究機関はその食品業界から経済的支援を受けている。そこに恣意的な操作があるかもしれないと言われたら、そうかもねと頷くしかない。

「でも、なにも食べなかったら餓死するでしょ!」

 思わず、屁理屈はいいから飯を食えと怒りたくなる。ただ、先進国に暮らす子どもたちにとって、特にエリート高校に通う子どもたちにとって、身近に食べ物に困っている人なんていない。餓死は架空の出来事なのだ。そうなると「餓死するでしょ!」という忠告も、食品業界による脅しなんだと解釈できてしまう。

 従って、なにも食べないという生き方を信仰してしまった子どもたちに前提の間違いを理解してもらうためには、実際、餓死してもらう必要がある。それって、もはや解決でもなんでもない。

 このとき、向こうからしても同じなんだということを忘れはいけない。なにも食べない生き方を選択した子どもたちにしてみれば、食べ続けているわたしたちの方が間違っているわけで、食品業界の奴隷になっていると気づかない可哀想なやつらなのである。そのことに気がつくのは保存料などで身体が蝕まれ、地球温暖化でまともな暮らしを送れなくなり、革命によってたくさんの血が流れたときなのだろうとほくそ笑んでいる。

 陰謀論者とは死ぬまで理解し合えない。『クラブゼロ』を見て、そんな絶望に打ちひしがれた。

 愛する人とこんな風に別れなきゃいけないんだとしたら、わたしもなにも食べない生き方を始めようかなぁ。そんな誘いに心が揺れた。




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