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【ショートショート】わがままなおばあさん (2,412文字)

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいるはずなんですが……。見当たらないですね。

 すみません、すぐに探しますので少々お待ちください。

 まったく、最近は物語の登場人物も権利を主張するようになったもので、好き勝手に動き回って大変なんです。ああ、いたいた。

 おじいさんは書斎にこもって本を読んでいますね。山で柴刈りをしてもらわなきゃいけないのに、困っちゃうなぁ。

 ちなみに芝刈りじゃないですからね。柴刈りです。かまどに使う燃料となる枝を集める仕事のことを言うんです。

 ただ、最近、おじいさんも年齢が年齢だから、他の人にお願いしちゃっているんですよ。これじゃあ、かぐや姫がいつまでも竹の中から出てこれないよ。でも、それはおじいさんの自由ですからね。

 一方、おばあさんは川で洗濯をしてますね。よかった。よかった。そして、ちゃんと大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこって流れてきました。あとはこっちの水が甘いとか、そっちの水は苦いとか、おまじない代わりの歌を唄ってくれればいいんだけど、……唄ってくれないなぁ。ああ! 桃が!

 参ったなぁ。桃太郎、向こうへ行っちゃったよ。せめて夫婦のどちらかはちゃんとしてくれよ。さすがにまずかって。

 ちょっと、おばあさん。聞こえてますよね?

「ん?」

 いや、ぜんぶ、聞こえていたでしょ。とぼけないでくださいよ。

「とぼけるもなにも、なんの話だか。だいたい、あんたは誰さね?」

 ナレーションですよ。ナレーション。知ってるでしょ。おばあさんは昔話のキャストなんだから。

「な、な、なれえそん? あんた、どえらい名前しとるなぁ。敵わんわぁ」

 はいはい。そういう反応になりますよね。なにも知らないフリをしちゃえば、簡単に、求められている役割から降りることができますもんね。まったく、浦島太郎が裁判で勝ってからというもの、みんな、同じやり方でわがままを押し通しちゃって。

「ようわからんけど、わたしらのことをわがままって侮辱するなら、弁護士に相談するけど、ええんか?」

 出た。弁護士。ラジオでCMを流しまくっている事務所のやつですよね。もう、いいですよ。最高裁がガバガバな判決を出したせいで、訴えれば確実に勝てるとなったから、昔話の登場人物に片っ端から営業仕掛けているんだよなぁ。うちの会社も狙われてまくってて、もう限界なんですよ。

「ほー。っていうと、他に誰が訴えとるん?」

 本当は秘密ですけど、どうせ、つぶれるんで教えてあげますよ。一寸法師に、こぶとり爺さんに、三年寝太郎に、織姫に、主要メンバーばかりです。加えて、おばあさんみたいな周辺の登場人物からもバンバン訴えられているんで、もう昔話はおしまいですよ。

「そうかそうか。そういう時代やからなぁ」

 物語の内容も変わりまくっていますからね。有名なところで言えば、カチカチ山のおばあさんが自分を汁にして飲ますなって騒いだせいで、いまじゃ、婆汁カットされてますからね。外国でも裸の王様がバカにされるのは嫌だって主張して、子どもたちと仲良くなる終わり方になっているそうです。

「ええことやないか」

 うーん。どうなんでしょう。僕なんかは昔話って、時代を越えて語り継がれるところに意味があると思っているので、それじゃ、ダメだろって気がしますけどね。

「傲慢や! 傲慢! その考え方は傲慢や! ええか。わたしら登場人物だって、生きてるんや。ここに人生があるんや。なのに、どうして、読者に教訓を与えるためだけに死んでいかにゃならんのよ。理不尽やろ」

 もちろん、そういう昔話がありますけど、おばあさんはいいじゃないですか。桃太郎ですよ。ハッピーエンドですよ。

「ナレーションさん、それは安易やわ。あのな、そのハッピーエンドはわたしらが桃太郎を立派に育て上げることを前提としているんやで。この年齢で、どうして、そんなしんどい仕事をしなきゃならんのよ。うちのお父さんも疲れちゃって、もう柴刈りだってしなくなってんの。無理やって。子育てなんて。だいたい、昔話は年寄りの負担が重過ぎるって。おじいさんとおばあさんを働かせ過ぎや。もっと若い子たちの出番を増やしたって」

 たしかにそうなんですけど、最近の若い子たちは昔話よりライトノベルに出たがるんですよ。アニメ化するとNetflix経由で世界中に見てもらえるので、モチベーション上がるらしく。

「もしかして、それ、若い子だけやと思ってる?」

 ……まさか! おばあさんのところにも引き抜きの話が?

「長いことお世話になったし、あんたらを裏切るのは気が引けたけれど、すまんな。こっちも生活があるし、腐っても登場人物。一人でも多くの人に見てもらいたいんよ。おじいさん、熱心に本を読んでたやろ。いま、必死になって、向こうがどういう世界なのか勉強しとるんや」

 そうだったんですね。……他の方々も同じですか?

「たぶんな。一斉に声をかけているみたいやで」

 なるほど、道理でみんな、わがままに振る舞いだしたわけだ。でも、まあ、仕方ないですね。そういう時代ですもんね。

「すまんな、ナレーションさん」

 いいんです。実は僕にも引き抜きの話がきているんで。

「なんや! そうやったんか! どこから?」

 Amazonのオーディブルって朗読アプリです。

「給料上がるんやろ?」

 ええ、まあ。ぼちぼち。

「よかったやないの! それなら、また一緒に仕事する機会もあるかもしれんな」

 そんな会話をした数ヶ月後、転職を済ませた僕の最初の仕事として、一冊の本が朗読用に回ってきた。タイトルは『洗濯ババアと柴刈りジジイ、拾った桃で若返る! 我を忘れて子作り三昧。こんなに桃太郎ができたら鬼退治なんて簡単ね♡』だった。

 おばあさん、引き抜かれたのって、官能小説の世界だったのね……。挿絵を見ると桃を食べて若返ったおばあさんがわがままボディを惜しげもなく披露していた。

 とっぴんぱらりのぷぅ。

(了)




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