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【映画感想文】報われなくても頑張り続けるわたしたちの歌! 奈須重樹、マジかっけえ - 『一生売れない心の準備はできてるか』監督:當間早志
時間があったので、なにか映画を観たいなぁと思って、近場でなにが上映しているのか調べたところ、めちゃくちゃ気になるタイトルの作品を見つけた。
その名も『一生売れない心の準備はできてるか』である。見れば、音楽ドキュメンタリーのようだけど、「一生売れない」というフレーズは強烈だ。ミュージシャンに限らず、なにかを頑張るすべての人がドキリとするはず。
ひとまず、予告編をチェック。すでにめちゃくちゃよかった。
主人公の奈須重樹さんも、そのバンド「やちむん」も、わたしは全然知らなかったけれど、すっかり虜になってしまった。当然、その演奏も気になった。
早速、この映画を上映している吉祥寺アップリンクに行ってきた。
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内容はライブ中心のドキュメンタリー。2016年、首里劇場という沖縄最古の映画館で開催された「やむちん」25周年記念ライブの記録がほとんど。
ただ、これが普通の音楽映画とちょっと違う。なにせ、収録されている曲はどれもフル尺なのだ。通常の音楽映画なら、一番だけ使うとか、サビだけ使うとか、いいとこ取りをするだろう。なのに、たっぷり贅沢に聞かせる編集。これには強いこだわりを感じる。
人によっては長いと感じるかもしれない。しかし、わたしの場合、奈須さんがどんな曲を作り、どんな風に歌うのか、興味津々だったので、その長さが嬉しかった。まるで実際のライブに参加しているような臨場感があった。
とはいえ、それだけだと映画じゃない。この作品の肝はアクセントのように挟み込まれる奈須さんへのインタビュー。
宮崎県出身の奈須さん。琉球大学進学をきっかけに沖縄へ移住。カメラマンとして働くも、民謡酒場の取材でパフォーマンスをすることに目覚め、中高時代に文化祭で自作の曲を披露していたことなど思い出し、音楽の道に入っていく。
そんな来歴の中でも、洞口依子主演の映画スタッフとして働いた際、洞口依子に気に入られるため、数十分でオリジナルの曲を作ったという話は驚いた。その曲は洞口依子の役名をもとに「杉本ブルース」と名付けたらしい。
おそらく、これは1992年公開のオムニバス映画『パイナップルツアーズ』のことだと思う。(説明してたのかな? 不覚にも見逃してしまった……)
これはとんでもない怪作映画で、セリフも音楽も現地のものを使い、ストーリーも現地の歴史を踏まえた点がめちゃくちゃ斬新。特に、標準語の字幕がつく点は珍しく、それだけで面白い。
邦画では往々にして、沖縄は単なるアイコンとして消費される。ポジティブには南のリゾート地として、ネガティブには貧困や犯罪の象徴として。あくまで、そういう属性を使うことが目的らしく、沖縄で暮らす人々が綺麗な標準語をしゃべっているという違和感ありありな演出が横行している。
対して、『パイナップルツアーズ』は沖縄をそういう都合のいい道具にすることなく、まっすぐ沖縄らしさを追求したルネサンス的作品であり、真の意味で沖縄映画と呼べる一本。すごく重要な作品だ。
なお、現在、Amazonプライムでも見ることができる。
で、調べたら、『一生売れない心の準備はできてるか』の監督・當間早志さんは『パイナップルツアーズ』の第3話を担当しているじゃないか!
映画好きとしてはますます奈須さんに惹かれてしまった。
加えて、交流のあった人たちの名前がハンパない。『ハイサイおじさん』で有名な喜納昌吉に音楽をやれと勧められたとか、「はっぴいえんど」のギターリスト・鈴木茂プロデュースでアルバムを出したとか、どう考えても日本音楽史に残る存在!
なのに、どうして、わたしは奈須さんを知らなかったのか。答えは単純、売れてないから笑
でも、売れてないから『一生売れない心の準備はできてるか』という名曲が生まれ、そのタイトルを使った映画が作られ、巡り巡って、わたしは奈須重樹さんを知ったわけなのだから、きっと、売れてないことにも意味があるのだ。
奈須さんはその曲の中で、まずは勇ましく、こんな風に歌歌い上げる。
一生売れない心の準備はみんなできてるかい
俺はできてるぜ
だけど、最後にはこう変わる。
でも
等しく僕らの心さいなむ
いいしれぬ不安と寂寥
残り時間、カウントダウンの焦燥
あの時僕らの青写真に
いったい何が映ってたのか
青春のレンズは何を
捉えていたのか
一生売れない心の準備はみんなできてるかい
俺はできてない
まぜろ、若人よまぜろ、おじさんをまぜろ、まぜろ
一生売れない心の準備はみんなできてるかい
一生売れない心の準備はみんなできてるかい
俺はできてない
君も醜くあがきつづけろ
魂の叫びにもほどがあるよ。心に響いて、響いて、響きまくる。
若いときなら、一生売れない心の準備は簡単にできる。死は遠い存在で、一生という時間はあまりに莫大。もはやフィクションのようなものだから。だけど、歳をとるにつれ、死がリアリティを持ち始め、一生はノンフィクションへと変わってしまう。気づけば、心の準備はできなくなっている。
床屋の孫として生まれ、沖縄に移り住み、沖縄のカルチャー史に残る数々の仕事をしてきた奈須さん。その足跡を追ってきた観客にとって、2016年、50歳を過ぎ、醜くあがき続けるおじさんの姿は最高にかっこよかった。
現在、奈須さんは国際通りなどで、流しのミュージシャンをしているんだとか。ヒット曲のカバーではなく、オリジナルの曲だけでやっているというから驚きだ。
この映画のクライマックスはその様子を取材し、路上で本人にあれやこれやと尋ねるところだろう。
終演後、奈須さんとMOROHAのアフロさんのトークショーがあったのだけど、この構成について、アフロさんは「タイトル『一生売れない心の準備はできてるか』の伏線回収」と見事に言い表していた。
他にも興味深い話がいろいろ聞けた。もともとは映画は140分超だったけれど、それだと上映してもらうのが難しいという理由で、何曲かカットしたそうだ。
その中でも、『首里激情』という曲がカットされたことに奈須さんは納得がいっていないらしかった。なんでも、曲名からわかる通り、これは首里劇場について歌ったもので、首里劇場ライブの根幹に関わっている。外すわけにはいかないという気持ちが強いようだ。
すると、アフロさんは、
「歌詞を書いているとそういうことありますよね
と、話し始めた。
この言葉を歌いたいと書き始めたはずなのに、出来上がってみると、その言葉が邪魔になる。泣く泣く、外してみるとやっぱりバランスはよくなっている。最初は背骨だったけど、まわりに肉をつけていくうち、背骨なしでも自立できるようになったとき、作品ができあがるというのだ。
「なので、『首里激情』がなくても、この映画はその思いを伝えられるものになっているんですよ」
アフロさんの解釈に、客席一同、おぉ! っと感心してしまう。ただ、当の奈須さんだけは不満げな様子 笑
なんというか、真っ直ぐというか、正直というか、利口ぶらないというか、素晴らしくチャーミングな方である。音楽のルーツを聞かれ、「あのねのね」と「所ジョージ」を挙げていることからも、力の抜けたカッコよさは伝わるだろう。
そんなわけで、ミニライブでは『首里激情』を歌ってくれた。
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優しい声で歌われる首里劇場への愛はとても心地よく、幸せな時間だった。
世の中には報われないけれど、頑張り続けている人がたくさんいる。それはクリエイティブな仕事だけではないだろう。年収何千万になることはないとわかっていながら、今日も満員電車に揺られているすべての人が頑張っている。
一生売れない心の準備はできてるか。
この問いかけはすべての大人に突き刺さる。ぜひ、一人でも多くの人に奈須さんの歌を聞いてもらいたい。きっと、勇気がもらえるはずだ。
なにより、こうして、わたしたちが奈須さんと出会たえた事実が、ひとつのことを長く続ける価値を物語っている。それって、素敵な話だと思いませんか?
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