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【ショートショート】食い逃げだ! (1,157文字)
「食い逃げだ!」
店長の叫び声で我に返ったわたしはドタバタと大きな足音が遠く離れていくことに気がついた。その方向に試算をやれば、さっきまで入り口近くの席でラーメンを食べていたはずの若い男性客の姿はそこになかった。
なにが起きたのかわからず立ち尽くしていると店長が近づいてきて、
「なにやってんだよ」
と、呆れるように言ってきた。
「なにって?」
「食い逃げだろ」
「食い逃げ?」
「さっきの客だよ。走って出て行ったでしょ。ぼーっとしてちゃダメだろ。まったく、あんな素人みたいな食い逃げ、ちゃんと見張ってたら簡単に防げるっていうのに」
「……すみません」
徐々に事情が飲み込めてきた。あの若い男性はお金を払わず走り去ってしまったのだ。
「まったく。謝って済む問題じゃないよ。うちみたいな町中華は薄利多売もいいところ。ラーメンなんて、たかが六百円だけど、されど六百円。この損失を埋めようと思ったら十杯は売らなくちゃならないんだからね。そこんところ、わかっておいてね」
店長のネチネチとした説教に反射で謝ってしまいそうになるも、また、謝って済む問題じゃないと言われそうなので黙るしかなかった。ただ、そうなると店長は饒舌になるばかり。ペラペラと喋り続けた。
「別に俺も捕まえろとは言わないよ。ただ、あんな素人みたいな食い逃げにまんまとしてやられてんじゃないよって話なんだよ。これがもしプロの食い逃げ相手だったら仕方ないさ。例えば、電話をかけるフリしてそのまま帰ってこないとかね。目配せしながら出ていかれたら声をかけるわけにもいかないもんな。あるいは追加注文をしてから用事があるかのように外へ行くとかね。餃子とメンマでビールを飲んで、締めに天津飯を頼むよなんて言ってから、携帯開いてヤベッて顔で立ち上がりでもしたら、普通、急用が入ったんだろうなぁと思っちゃうもんな。うんうん。結局のところ、店員とコミュニケーションを取るのがコツなんだよ。不思議なもんで、人間、一回でも会話を交わせば信用できると錯覚してしまう。だから、食い逃げするときはあえて堂々と声を出していかなきゃいけない。あんな目立ってるやつが悪いことするはずないと安心させることが重要だ。その点、さっきの男はダメだね。入店したときも暗かったし、飯食っている間も暗かったし、あれじゃあ、いまから食い逃げしますって宣言してるようなもんじゃないか。その上、ラーメンしか頼まないってところが情けないね。俺の若い頃はどうせやるからには大量に注文しなきゃって感じだったけどなぁ。飲んで食ってを繰り返し、店員を忙しく働かせている隙にドロンするのが快感なんだよ。最近の若いやつは根性が足りないね」
そこまで聞くと、わたしは店長の手首をガッチリと掴み上げ、こう叫ばずにはいられなかった。
「食い逃げだ!」
(了)
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