【ショートショート】事故物件ですよね? (2,573文字)
その日、化粧品が届く予定になっていたから、ピンポーンの音に警戒ゼロでわたしは扉を開けてしまった。当然、佐川の青い制服を着た人が立っていると思ったら、山伏みたいな格好をしたおじさんがそこにいたので戸惑った。
「遅くなってすみません。こちらがご連絡頂いた事故物件ですよね?」
もちろん、そんな連絡はしていない。ただ、違いますと答えるには度肝を抜かれ過ぎていたし、山伏が問答無用で室内へ入ろうとするのを止めるので精一杯。先っぽに輪っかのついた杖がジャラジャラ鳴る中、
「急になんなんですか」
と、応じることしかできなかった。
「あれ。島本さんですよね。お電話をくれた」
「いえ、野々村ですけど」
「野々村さん。おかしいなぁ」
そう言って、山伏は法螺貝からスマホを取り出し、なにやら確認し始めた。
「うーん。住所は合ってますよね。野々村さん、もしかして、こちらに越してきたのは最近ですか」
「はい。先月です」
「なるほど。だからか。島本さんはきっと前の住人です。いやはや、失礼致しました。この時期は霊が活発になるシーズンなので、やたら忙しかって。すぐにやってからなかったんです。きっと、島本さんは耐えかねて他の家に移ってしまったんでしょうね。どうもお騒がせしました」
そして、山伏は平然と帰って行こうとしたので、わたしは思わず、
「ちょっと待ってください」
と、呼び止めずにはいられなかった。
「どうしましたか」
「いや、うち、事故物件なんですか」
「ええ。と言っても、殺人事件があったのはだいぶ前なので、もう告知義務はないですけどね」
「嘘でしょ。相場より家賃が安いとは思っていたけど、そんな理由があったなんて」
「島本さんの話では深夜になると怪奇現象が多発したそうですよ。このままでは眠れないから、どうか、いますぐ除霊してほしいと相談がありました。野々村さんは異変を感じてないですか」
別にそんなものを感じたことはなかったけれど、改めて、そう尋ねられると妙な物音が聞こえなくもなかったような気がする。たちまち、自分がげっそりしてくるのがわかった。
「たしかに、異変はあったかも……」
「やっぱり。霊は新しい住人が来ると数ヶ月、様子を見るのが一般的です。いきなり攻撃を仕掛けて逃げられてしまっては生気をちゃんと吸えませんからね。なので、このまま放っておくと大変なことになりますよ」
「どうすればいいんですか」
「それはもちろん除霊するしかないですよ」
「お願いですますか」
「まあ、もともと、そのつもりでやってきましたから。ただ、依頼者である島本さんがいないとなると、料金を誰に支払ってもらえばいいのやら」
「わたしが払います。わたしが」
つい、反射的に申し出てしまったが、まだ金額を聞いていないことに気がつき、瞬時に怖くなってしまった。仮に、何十万も請求されるとしたら、引っ越した方が断然安い。そのため、「ちなみにおいくらですか」と聞こうとしたら、山伏は食い気味に、
「五万円です。クレジットカードおよびPayPayなど各種電子マネーも使えます」
と、教えてくれた。
「じゃあ、PayPayで」
リビングのスマホをつかんで戻ってくると、山伏はこれまた法螺貝から決済用端末を取り出して、QRコードの準備をしていた。知らなかったが、法螺貝はバッグとしても使えるらしい。
支払いを済ませ、山伏はうちに上がると隅から隅まで調べてくれた。わたしはその後ろを黙ってついて回った。
途中、ピンポンが鳴って、出てみると今度こそ本当に佐川の人が化粧品を届けてくれた。内心、あなたが先に来ていたら、こんなことにならなかったのにと恨みながらも、ある意味、お陰で除霊してもらえるんだと複雑な感情を抱きつつ、荷物を受け取った。
そのとき、山伏が、
「見つけました」
と、お風呂場で叫んだ。
「なにがあったんですか」
慌てて駆けつけると、お風呂場の天井の蓋は開き、その下で山伏はカビだらけの小さな箱を手に持っていた。
「これが霊の正体です。ちゃんと駆除しておくのでご安心ください」
ビニール袋で梱包し、法螺貝はしまう姿を眺めながら、除霊ってこんな物理的な作業だったのかと目を瞬かせてしまった。
「では、これにてすべて完了しました。万が一、異変が続くようでしたら、またご連絡ください」
「どうもありがとうございました」
山伏を見送りながら、なんだか、水道トラブルを対処してもらったような感じで、除霊という非日常な出来事があったとは到底信じられなかった。
なにはともあれ、一件落着。疲れた身体を休めるため、ソファにどかっと座ったとき、そう言えば、前の住人宛に届いた郵便があったよなぁと思い出した。捨てるのもなんだったので、テレビ台の使っていない引き出しに保存しているのだ。
勝手に封を開けるのは気が引けるけれど、こっちは自分が頼んだわけではない除霊に五万円も払っているんだし、電話番号が載っていたら、嫌味のひとつでも言ってやりたかった。
だから、溜まっていた書類を手に取ったわけだが、そこに書かれていた宛先は伊藤、伊藤、伊藤。どこにも島本という名前は載っていなかった。
その後、不動産屋に確認してみたが、島本という人物がこの部屋に暮らした事実はないという。また、殺人事件が起きた事実もないそうだ。家賃が相場より安いのは単に大家さんの意向らしい。恐らく、山伏は詐欺師なのだろうと言われてしまった。
警察に相談したら、同様の被害が全国的に多く出ているとのことで被害届は受理してくれた。ただ、技術的にも金額的にも、五万円が戻ってくることは期待しない方がいいとのことだった。
なんだか釈然としなかった。山伏が詐欺師だとして、あの風呂場で見つかったカビだらけの箱はなんだったのか。やつが持ち込んだものなのだろうか。
念のため、わたしは自分でも風呂場の天井裏を確認してみることにした。そんなことする必要はないと思いつつ、この家になにかあるとしたら、それはきっとお風呂場なんだと疑ってはいた。というのも、最近、髪を洗っているとき、背後に人の気配を感じるような気がするのだ。
浴槽に足をかけ、蓋をギギッと押し開き、恐る恐る中を覗いた。暗くてよくわからなかった。スマホのライトで照らしてみた。すると、カビだらけの箱がポツンと寂しく置いてあるのが見えた。
(了)
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