【ショートショート】愛する妻が望むもの (1,485文字)
「お帰りなさい。そして、お誕生日おめでとう。実は今日、有給をとって夕飯の準備をしてたんだ。ほらほら。こっちに来て。フルーツサラダに、ガーリックシュリンプに、フライドチキンに、ビーフシチューに。どれも君の好きなものばかり。駅前のパン屋さんでバゲットも買ってきたんだよ。もちろん、ケーキもあるからね。でっかいやつを予約しておいたんだ。まあまあ。座ってよ。あ、ごめん。先に荷物を置いてきた方がいいよね。部屋着に着替えておいで。お風呂、先に入りたかったりする? それなら沸かしてきちゃうけど。いや、入らないんならいいんだ。ご飯はできてるからね。食べよう。食べよう。
「しかし、不思議だよね。僕らが出会ったのはともに二十歳のときで、今日で君は四十歳になる。気づいたら、もう二十年経ってしまった。これからは相手のことを知らなかった時間より一緒に過ごす時間の方が長くなっていくわけで、もともと他人同士だったというのに、なんだか信じられないよ。結婚生活も今年で十年。付き合ってすぐに同棲を始めたし、籍を入れたからってなにが変わったわけでもないけど、それでもやっぱり思い出したら、いろいろなことがあったなぁと懐かしくなるよ。
「ごめんごめん。話し過ぎちゃったね。お腹空いたでしょ。乾杯しようか。ワイン用意するからさ。ちょっと待ってて。いいやつを買ってきたんだよ。最初は白ワインでいい? それともビールの方がいいかな? 今日、たまたま商店街にクラフトビールの屋台が出てて。おしゃれなパッケージのやつを買ってみたんだ。それでもいいけど、どうする? もしかして、アルコールは要らない? 別に飲まないなら飲まないでいいからね。とりあえず、水を出すね。
「さあ。食べよう。とってあげる。まずはサラダ。チキンも一本。シチューとバゲットも。いっぱいあるから、好きなやつから好きな分だけ食べてね。じゃあ、いただきます! あー、美味しい! 手間暇かけた甲斐があるよ。……。お腹空いてないの? ごめん、勝手にいろいろ作っちゃって。事前に聞けばよかったね。喜ぶと思って、準備し過ぎちゃった。でも、まあ、いいよ。これはこれで。残しておいて、後で食べたくなったら食べることにしよう。
「ところでプレゼントなんだけど、君の好きなものにしたいと思って、実はまだ用意したないんだ。ほら、いつも失敗しちゃうだろ。付き合って最初の誕生日にガリレオ温度計をあげたらめちゃくちゃ嫌がっていたし、その後、図書券をあげたら親戚のおじさんかって突っ込んできただろ。僕って人間はそういうセンスが壊滅的に欠けているから、自分でどうこうするのは諦めることにした。だから、お願い。君の望みを教えておくれ」
「……離婚してほしい」
愛する妻がそう呟いたとき、夫は満面の笑みを浮かべて答えた。
「ありがとう。しゃべってくれて。よかった。久しぶりに君の声が聞けて。ありがとう。本当にありがとう。嬉しいよ。君の望みがわかって」
「……じゃあ、離婚してくれるの?」
「当たり前だろ! 僕は君を愛しているんだ。君が望むことはなんだって叶えてあげるよ!」
この答えに俯きがちだった妻が前を向き、パーっと表情が華やいだ。
「信じられない! まさか離婚してもらえるなんて! あー、あなた、愛しているわ。最高に幸せ」
ふと、はしゃぐ妻のお腹がぐーっと鳴った。
「おや。お腹が空いたみたいだね」
「うん。そうみたい。頂いてもいいかしら?」
「もちろん! ワインは?」
「白ワインをお願い」
こうして、二人は夜遅くまで語り合い、お互いの愛を確かめ合った。そして、翌日、仲良く離婚届を提出した。
(了)
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