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【ショートショート】異質物センター (1,266文字)

 疲れていたせいだろう。電車内で家の鍵を落としてしまった。たぶん。駅員に相談するとターミナル駅の遺失物センターを訪ねるように言われた。面倒だったが仕方ない。わたしはすぐに移動した。

 いざ着いてみると受付係の若い男性と話が噛み合わなくて困ってしまった。なにせ失くしたものはここにはないというのだ。そんなはずないだろうと反論してもピンと来ていない様子。まったく閉口してしまう。

 しかし、ふと彼の名札に目をやると「遺失物センター案内係」とばかり思っていた文字が「異質物センター案内係」なことに気がついて、なんだか風向きが変わってきた。

「ここは遺失物センターじゃないの?」

「異質物センターですよ」

「いや、そうなんだろうけど、字が違うんじゃないかなぁって。ほら。そこに異なる物って書いてあるから」

 わたしが名札を指差すと彼は顎を引っ込め見やった。

「ええ。そうですよ。異なる物ですよ」

「なるほど。それは申し訳ない。てっきり失くしものを意味する遺失物かと」

「ああ。だから、落とした鍵は届いていないかって聞いていたんですね。どうりでご納得頂けないわけだ」

 一応、笑い合ったけど、まだ納得はできていなかった。折を見て、

「ところでここに集まってくる異質物っていうのは具体的にどんなものなんですか?」

と、質問せずにはいられなかった。

「そうですね。要するに遺失物とは真逆と言えばわかりやすいかもしれません。つまり、失くしたものではなく、勝手に拾得してしまったものになります。ある日、突然、カバンの中に見覚えのない本が現れたり、財布の中に行ったことのない国の小銭が入っていたり、場合によって様々です。雨が降ると誰のものでないビニール傘が座席の端に大量発生しがちです。むかしは網棚に謎の言語で記された雑誌が置いてあったそうです。みなさん、見つけたはいいけれど、自分のものではないし、かと言って誰かのものでもないわけで、扱いに困った末、ここへ届けにくるのです。異質物っていうのはなにかの拍子にこの世界へ迷い込んでしまったものなんでしょうね。とりあえず、規定の期間はお預かりすることになっています」

「それを過ぎたら?」

「もちろん処分します」

 説明する彼の表情も声のトーンもふざけている様子は一切なかった。いたって真面目でそのことがむしろ不気味だった。あるはずのものがなくなる以上に、ないはずのものがあるという方が大いにおかしい。そして、そのことを当たり前のように受け入れ、仕事にしている彼という存在が怖くなってきた。

 適当に話を切り上げて、わたしは逃げるようにその場を後にしようとした。

「へー。そういうことなんですね。勉強になりました。ありがとうございます。では、そろそろ失礼しますね」

 会釈し、振り返り、次こそ正式な遺失物センターへ行こうと覚悟をした瞬間、後ろから声をかけられた。

「ダメですよ。出て行ったら。ここにいてください」

「……え?」

 わけがわからず踵を返すと彼が満面の笑みを浮かべていた。

「ここに迷い込んできたということは、あなたも異質物なんですから」

(了)




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