【ショートショート】告発動画 (2,094文字)
その日、俺は覚悟を決めた。すべてを明るみにしてやる、と。
会社が不正をしていることに気がついてから一年が経過した。最初は世の中そういうものかと受け入れてしまった。だが、元来、正直者な俺である。徐々に罪悪感が広がっていき、いよいよ我慢ならなくなった。
まずは社内の内部告発制度を利用した。コンプライアンス室が窓口になっているとのことだったので、専用のメールアドレスに不正な詳細を送信した。証拠となる資料も添付した。
一応、匿名性を担保していると説明が書いてあったけれど、この内容を把握しているものなど限られるわけで、たぶん、特定されるだろうなぁと危惧はしていた。それでも、内部告発を理由に報復的な人事が下されることはないと明記してあったので、なんとかなるさと安心していた。
しかし、蓋を開けてみれば、不正が正されることはなく、俺だけが社史編纂室へ左遷される結果となった。異動理由は性格の不一致とあった。報復人事なのは明らかだった。
なにもかもが約束と違った。だいたい、不正が当たり前となっている時点で、この会社は腐っていると思っていたが、いよいよ愛想が尽きてしまった。
いっそ、潰れた方がいいと思った。
だから、マスコミに情報をリークした。現場の記者は乗り気になってくれた。ただ、うちの会社はあらゆるメディアに広告を出稿し、巨大スポンサーになっているため、謎の忖度で最終的には揉み消された。
行政機関に報告しても同様だった。途中までは興味津々、話を聞いてくれるのに、ある段階で問題ないことにされてしまった。なんでも、議員が圧力をかけてきているらしかった。
うちの会社は与野党問わず、様々な政治資金パーティーのチケットを購入していた。経理として、俺は無駄な金を使ってどうしようもないとバカにしていたが、なるほど、こういうときのための必要経費だったわけかと納得がいった。
お手上げだった。向こうの方が何枚も上手だった。
そうこうするうちに俺の社内における立場は見る見る悪くなっていった。元上司から毎日のように嫌味だらけのメールが送られてきた。部署が変わっても、なお、過去の失敗をしつこく非難され続けた。
百パーセント、パワハラだった。でも、相談するとして、窓口は例のコンプライアンス室。どうせ、痛い目を見るのは俺の方。まったく、なす術がなくなってしまった。
おそらく、素直に心を挫き、退職願を出すべきところなのだろう。そして、なにもかもを忘れ、第二の人生をやり直すのがベターな選択。
ただ、そんな柔な結末、俺にはとてもじゃないけど耐え難かった。どうせ散るなら、一矢報いて散ってやろう。
そこで、ネットで直接、うちの会社の不正について、公表すると決めたのである。
スマホのインカメラに向かって、緊張しつつも、実態を可能な限りわかりやすく説明した。動画はYouTubeや各種SNSで発信した。検索でヒットしやすいように、話題のハッシュタグを軒並みつけた。よくないことかもしれないが、背に腹は変えられない。一人でも多くの人に届けと祈り、俺は勇気を出して、世界にこの顔を晒した。
◇
「それで、大丈夫なんだろうな」
「なにがですか?」
「なにがって、内部告発してきたバカが、ネットに告発動画をあげたんだぞ。もし、炎上でもしたら大変なことになるじゃないか」
「ああ。その件でしたらコンプライアンス室の方で対処済みです」
「対処って、いったいなにを」
「その動画にコメントをつけまくりました」
「コメント? どんな?」
「この動画はAIで作成したものらしいって」
「おいおい。そんなことでなんとかなるのか」
「そのコメントも一件じゃないですからね。複数のアカウントで何件もつけましたし、さらに、本物と見分けがつかないという感想などもたくさんつけています」
大手自動車メーカー、本社7階の喫煙所。コンプライアンス室長の言葉を受けて、不正に関与しまくっている部長は慌ててスマホをポケットから取り出し、告発動画を確認した。すると、たしかにコメント欄はAIの文字があふれかえっていた。
「ほお。たしかに、これを見るとAIが作った動画なのかなぁって思うかもしれないな」
「AIだと思わせる必要はないんです。とりあえず、この動画は怪しいとみんながぼんやり認識すれば、それだけで拡散されることはありません」
部長はわかるような、わからないような釈然としない気持ちに襲われた。
「ところで、やつはこれに対して、なにか反応をしていないのか。自分の告発がAIと言われて、黙っていないんじゃないのか」
「最初はそうでした。でも、反論に対し、このアカウント自体がAIで管理してあるらしいとコメントをつけ続けたら、すっかり静かになりましたよ」
「そういうものなのか」
「本当、AIのおかげで便利になりましたよね。いまや、ネット上の言葉を誰も信じていません。なにもかもAIが作った嘘なんじゃないかと人々は疑心暗鬼。どんな告発も簡単に握りつぶすことができますよ」
コンプライアンス室長の不敵な笑いを聞きながら、部長はホッと安心すると同時に、そこはかとない恐怖も感じた。
(了)
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