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Web3教育社会での学習におけるトークンの役割

2022年10月16日,渡辺隆行(@nabe33)
皆様からのコメントやご意見を歓迎します!

1.はじめに

文科省のScheem-D事業に提案した「ブロックチェーンの特性を活用した教育の向上」アイデアが採択され,実装に向けていろいろ考えている.教育においてWeb3以前から実施されてきたのがカリキュラムを終えるごとに貯まるポイント制度や学習履歴を証明するバッチ.それらを単純にブロックチェーンの技術で変換すれば,カリキュラムを終えるとトークンが貯まるLearn to Earnや,学習履歴を証明するNFT(千葉工大がすでに実現している)になるが,それで良いのかというのが今の疑問である.そこでいろいろ考えてみた.(トークンにもいろいろな種類がある.以下は特にそれを区別せずにトークンと一括して述べているが,Learn to Earnでは資産価値を持つトークンを仮定している.)

2.教育心理学から見た学習

Scheem-Dに提案したのは大学教育の組織的な変革だが,組織論の前に,まずは教育とは何かを考えてみたい.いや,教育の主体は学ぶ側なので学習とは何かを考えてみる.

『やさしい教育心理学』(鎌原・竹綱著,有斐閣アルマ,p46)によると,学習は,「練習や経験の結果として生じる,比較的永続的な行動の変容である」と定義されている.ここには犬がベルの音を聞いただけで唾液を分泌するような学習や,社会的に望ましくない行動を学習することも含まれるので,教育分野の学習よりも範囲がかなり広い.僕は,Web3での学習は自発的・自律的な学習を主な対象とするのではないかと思う.つまり,学習者に学びたいという動機がある.『やさしい教育心理学』の「自己強化による学習」に相当するのではないか.同本によると,自己強化とは,「自ら設定した基準に達したとき,自らコントロールできる報酬でもって,自分の行動を強めたり維持したりする過程である」(p64)と定義されている.

『やさしい教育心理学』の4章ではやる気を取り上げている.「1 期待-達成モデル」(p76)では,ゴールを達成したい強い動機を持っているほど,ゴール達成時の期待が大きいほど,ゴールを達成したときの価値が大きいほど,ゴールを達成する行動が行われやすくなると紹介されている.「2 統制感」(p79)では,「自分の行動によって結果を左右できるという信念(統制感)が重要」だと述べている.そこには自己効力(「行動すれば結果を変えられるという随伴性の認知を結果期待と呼び,そのために必要な行動を自分が取れるかどうかの信念を自己効力と呼んで両者を区別」,p85)もポイントになる.

内発的動機づけは,「何か報酬を得ようとして活動するのではなく,活動そのものが楽しくて活動している状態を『内発的に動機づけられている』」(p93)ことである.『やさしい教育心理学』では「外的報酬の阻害効果」にも言及しており,「内発的に動機づけられている行動に対して報酬を与えると,その後最初の水準より内発的動機づけが低下してしまうことがある」(p95)と述べており,トークンなどの報酬がもたらす副作用を示している.どのようなときに報酬が動機づけを促進し,どのような場合に阻害するかに関しては,報酬には情報的側面(報酬を与えることで,あなたが行っていることは正しいことだというメッセージを伝える)と制御的側面(報酬を与えたり与えなかったりすることで相手の行動を制御する)の2つがあり,報酬が情報的側面として受け取られると動機づけが高まるが,制御的側面として受け取られると好きだからやっているのではなくて報酬のためにやっているのだという行動についての原因帰属の変化が生じて動機づけが低下する(p96).

『やさしい教育心理学』によると,学ぶ人の学習目標には,習熟目標,遂行目標,承認目標の3つがある(p97).習熟目標は「『何か新しいことを学びたい』,『新しいことにチャレンジしたい』という学び,熟達することを目標とするもの」(p97)であり,遂行目標は「『良い成績を取りたい』,『良い学校に行きたい』といったもので,ほかの生徒との比較のうえで選りすぐれた能力を示すことを目標とするもの」(p97)であり,承認目標とは,「『親や先生にほめられたい,叱られたくない』,『友だちに好かれたい』というように,親・教師・友人からの承認を得ることを目標とするもの」(p97)である.

自己強化,やる気,内発的動機付けにより「自ら学ぶ」学生を育ていることは,教育の向上の重要なポイントだと思う.

3.Web3世界の教育・学習の動機づけ

前章でまとめた教育心理学の知見を参考にして,Web3の世界で「自ら学ぶ」態度,その動機を持つ学生を育ている方法を考察する.

3.1 Web3

Web3の特徴はブロックチェーン技術の特性を備えていることである.

  • 中央集権的な管理者がいない自律分散型の世界

  • データをユーザが所有

  • ブロックチェーンに書き込まれたデータは改ざん不能で誰でも確認できる

  • walletは個人認証と切り離すことができる

  • トラストレスなトラスト

  • スマートコントラクトを実行できる

  • トークンがさまざまな役割を果たす.

  • DeFi経済圏が作られる.

  • DAOの可能性

3.2 渡辺の提案概要

Scheem-D提案アイデアにおける渡辺の主眼は大学教育の変革(ReーDesign)であり,文科省という中央管理者の下に存在する規律階層組織としての大学を,Web3の力を借りて『ティール組織ーマネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(フレデリック・ラルー 著,嘉村 解説,鈴木 訳,英治出版)でいうところの多元型組織・進化型組織に進化させることで,大学教育の課題解決を図ろうというものである.組織の変革は大きな長期的な目標であり,どのように進めれば良いかは別の機会に述べたいと思う.

提案資料には具体的な実装例として,授業を提供したい教員が大学の壁を越えて授業を提供し,授業を受けたい学生が大学の壁を越えて授業を受けることができるシステムを描いた.教育の自由競争が生じることにより,よりよい授業が生き残り,学生は受けたい授業を自由に学ぶことができることを目指している.この提案の中で,”Learn to Earn, Teach to Earn”という言葉を用いた.ここで用いるトークンはどういう性質を持つのか,法的通貨と交換できるのか,X to Earnが教育と学習のインセンティブになるのか,教育や学習活動においてトークンを得ることが目的になって良いのか,以下,そういったことを議論したいと思う.教育と学習のうち,以下ではまずは学習側を考える.

4.Web3教育社会での学習におけるトークン

4.1 トークンの役割

(資産価値を持つ)トークンの基本的な使い方は,法定通貨と交換できたりブロックチェーンのシステム上でより価値があるものを購入できたりする,貨幣としての役割を持たせることであると思う.

学習活動においては,ブロックチェーンが登場する前から,カリキュラムを終えるごとに貯まるポイント制度や学習履歴を証明するバッチが存在した.それらを単純に(NFTのような)トークンに置き換えるだけでもそれ以前と同じ効果を持つし,ブロックチェーンの特性を持つので改ざん不能で誰でも確認可能な学習履歴の証明になるなどの付加価値も生まれる.

しかしWeb3の世界では,トークンはインセンティブを生む仕組みとして用いられているので,学習においてもインセンティブになるのかどうかを考えてみる.「2.教育心理学から見た学習」を振り返ると,「外的報酬の阻害効果」があるので,内発的に動機づけられている行動に対してトークンの報酬を与えると,その後最初の水準より内発的動機づけが低下してしまうことがあり,内発的動機づけがある場合にトークンがもたらす副作用に注意が必要であることがわかるしかし,内発的動機づけが不十分なときはトークンのような外的報酬は動機づけを高めることも事実である.また,報酬が制御的側面(報酬を与えたり与えなかったりすることで相手の行動を制御する)として受け取られると好きだからやっているのではなくて報酬のためにやっているのだという行動についての原因帰属の変化が生じて動機づけが低下するが,情報的側面(報酬を与えることで,あなたが行っていることは正しいことだというメッセージを伝える)として受け取られると動機づけが高まることもわかっている.Learn to Earnでのトークンの用い方は情緒的側面なので,動機づけを高めることもわかる.

4.2 トークンに限らないWeb3教育の可能性

もちろん,トークン云々の前に,「自己強化による学習」を考える必要があり,トークンも「自らコントロールできる報酬」の一つになるが,教師・家族・友人からの賛辞のような承認要求も報酬になり得る.また,内発的動機づけがなされていれば学びたいという意欲は高くなるが,Web3の自律分散性やコミュニティ主体の活動は自主性につながるので,内発的動機づけにつながるかもしれない.こうしたWeb3の特性は自己強化による学習を生み,自己効力感も生むので,やる気の向上にもつながるのではないか.つまり,Web3世界で教育を行うことにより,(トークンに依存しなくても)学生の学習意欲が向上する可能性がある.また,学習意欲とは関係しないが,ブロックチェーンに記載した学習履歴は改ざん不可能でだれでも確認できるのも教育サービスにおける大きなメリットである.

4.3 トークンエコノミー

トークンを用いることで経済的な利益を学習者が得るようなシステムを構築することはできるのだろうか? STEPNはMove to Earnなゲームであるが,何が(期待値ではない)実態がある新たな経済価値を生み出しているのかよくわからず,ポンジ・スキームに見えてしまう.どちらにせよ,Learn to Earnに置いてどんどん新規ユーザを獲得するようなスキームは期待できないのでSTEPNは参考にならない.Web3社会での教育サービスにおいて生み出す経済的価値は何があるのだろうか? まず,学習者には学力という新たな価値が生まれるので,それは(就職して)経済的価値に転換できる.それをブロックチェーンに還元できれば,経済的な発展を期待できる.それ以外に何があるのか? まだ考えつかないので皆様のアドバイスが欲しい.

教育がユニークなのは,教育は公的な性格が強いサービスなので,自由市場での競争とは異なり,国や地方自治体などが教育サービスに補助金などの予算を出していることである.つまり,Web3教育社会に公的組織から資金が流入することを期待できる.この資金を用いて,発行したトークンを買い戻せば,インフレにならずにトークンの価値が上がることが期待できる.すると,この価値が上がったトークンを得るために学習に取り組む外発的動機が生じる.(トークノミクスやトークンエコノミーは勉強不足でよくわかっていないので,詳しい方のアドバイスが欲しい.)

5.まとめ

この記事では教育心理学の知見を使って学習を整理し,Web3教育の特性により(トークンによらず)学習意欲が増す可能性があること,トークンを使った学習意欲向上も可能であることを示した.ここに書いたことは執筆時点での渡辺の考えであり,誤りや勘違いや検討不足も含まれていると思うので,皆様の活発なフィードバックを期待する.

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