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プレゼントは消え物or現金。マジすか?

 うちの母が継母で、大変お金にしっかりした人だったせいがあるのか、私は、誕生日とか、クリスマスとかに、まともにプレゼントをもらった記憶が、思い出せないのです。
 ※正月にお年玉はもらっていましたから、ケチと言うことではないのでしょう。

 そんなこともあるのでしょうが、私は、今でも、プレゼントを「モノ」でもらうのがあまり好きではありません。

 人からもらった「モノ」を大切にしようという思いも薄く、また、好きな「モノ」は、自分で選びたいので、人から決めつけて欲しくない、といった感覚がどこかあります。

 そういうこともあるのでしょうか。私は、奥さんにいわゆる「モノ」であげたのは、婚約指輪と結婚指輪くらいかもしれません。

 ちなみに、その奥さんは、当初より、結婚指輪をしていません。私は、当初は付けていましたが、太ってきて、指が痛くてたまらなくなったので、外してしまいました。もちろん、取ってはありますよ。

 私は、過去から持っている「モノ」に対するこだわりがほとんどなく、古くなった「モノ」は、結構、ぽんつくら・ぽんつくら捨てます。
 ※「ぽんつくら・ぽんつくら」という表現は、うちの奥さんの(変わった)表現です。

 ですので、私は、骨董品を持ちたいという趣味はまずありません。だって、時代は進んでいますし、新しいモノの方が、性能も品質も、大体においていいのですから。

 そんなこんなで、私は、結婚したときや、家を引っ越したタイミングで、過去のモノは、ごっそり処分しましたが、昔のことに対する思い入れもほぼありません。

 私は、過去の自分の写真も、まずないのですね。撮ってもらっていたのかも、定かではないのですが、ちょっとあった写真も、どこかのタイミングで、こだわりなく捨ててしまいました。

 そのせいか、私は、奥さんや子どもの写真も撮る習慣がほとんどありませんでした。残っているのは、結婚式で二人で写った写真くらいなものです。子どもの写真も、ほとんど撮りませんでしたが、これって、かなり変わっているんですかね。

 私は、「昨日のことは昔のこと。昔のことは忘れた。」くらいのことを、マジで思っていて、昔のことはこだわりがありません。

 ですから、思い出のモノとか、思い出の写真とか、昔のことを振り返って、懐かしがって考えているくらいならば、未来のことを考えようよ、と本当に思っているフシがあります。60歳にもなんなんとして、未だに気持ちは未来にしか向いていないんですね。

 世の中は、12月となり、師走ですから、お金の出入りも大きい季節です。世の中の多くの人は、そんな中、クリスマス・プレゼントとか、考えるんでしょうね。

 私は、基本的にケチではありませんので、人にご馳走したり、人にプレゼントを全くあげないわけではありません。

 ご馳走はともかく、プレゼントは、大抵決まっており、「消え物」か「現金」かです。
 ※ただ、「本」「手紙」はよくあげます。

 私は、女性には、「花」をあげるのがいいとマジで思っています。「花」は、その瞬間だけ美しく咲いて、後は、枯れてしまい、捨て去るしかないのが、逆に後腐れがなくていいのです。「花」って、「消え物」の代表です。また、お菓子系ですね。これは、私ももらって一番喜びます。

 そして、とどのつまりは、「現金」です。私は、相手に「モノ」を選択する自由を渡してあげたいのですね。自分自身も、好みでない「モノ」をもらっても、ほとんどうれしくないですからね。ですので、私は、自分自身の身に付けるモノは、それなりのレベルのモノを自身で選択して購入していますよ。

 プレゼントは「消え物」か「現金」。趣旨に賛同しない人も多いのかもしれませんね。

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