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使いかけの香水に、君を想う。①

・僕の日常には、先輩が好きだったもので溢れている。


 過去に戻りたいと考えてしまうのは僕だけではないと思う。あの日に戻れたらこうするのにと、意味がないとわかっていても、何度も何度も存在し得なかった未来を妄想してしまう。

シュッ、シュッと1日に数回香水を付ける。その度に「私のこと、忘れないでね」と言って、使いかけの香水を渡してきた先輩のことを思い出す。

大学の時の1つ上の先輩。学年は1つ上だったが、歳は3つ離れていた。
先輩は突然いなくなり、結局想いを伝えられなかった。
いや、もしいなくなることを事前に知っていたとしても僕は告白できなかっただろう。
先輩には常に恋人がいたし、僕のことを「弟に似ててかわいい」と言っていた。
事ある毎に先輩は僕を呼び出して、「良かれと思ってご飯作ったのにさ、美味しくないだって!酷くない?」と恋人への愚痴を吐きまくった。
僕はその関係性を壊したくなかった。先輩も僕を弟みたいと言うことで、恋愛対象ではないよと一線引いていたような気もする。
最後は決まって、「鷹見くんは好きな子いないの?」と聞いてきた。
僕は「いないですね。理想が高すぎるんですかね」と言って、笑って誤魔化していた。
 
先輩が好きだと言っていたモデルのSNSは今でも定期的にチェックしている。
初めは、ルックスがいいなと目の保養程度にしか思っていなかった。だけど、彼女のSNSから発せられる言葉に次第に惹かれていった。彼女の文章には哲学があり、悩んでいるときに何度も背中を押してくれた。
先輩の好きなものが次々と僕の中に侵入していった。
好きなバンドも小説も映画も、その元を辿ればほとんどが先輩へ行き着く。先輩を思い出すトリガーが僕の半径5メートル内にゴロゴロと転がっている。時間が経過すると共に少しずつ薄れてはくるが、完全に先輩のことを忘れる日は訪れないだろう。それはそれでいいと思っている。浸れる間は浸り続けていたい。

 

・使いかけの香水



 サークルの飲み会の帰り、「二次会に行く人ー?」と部長が声を上げていた。
先輩は僕の袖を引っ張り、「ちょっと本屋に行かない?好きな作家が新刊出したんだよね」と声をかけてきた。
僕らはバレないように別々でサークルの集団から離れ、コンビニに集合することにした。
別にバレても問題はないのだが、「変な噂されるの面倒臭いじゃん!」と言う先輩の意見を尊重した。
 コンビニで再開するや否や、「ちゃんと巻いてきた?尾行されてないよね?」とひそひそ声で言ってきた。
僕は指でOKサインを出しながら「抜かりないです」と先輩の真似をしてひそひそ声で返答した。
先輩は堪えきれず「ふっ」と吹き出した。僕も「刑事もののドラマですか」とツッコみ、笑いあった。
彼女は目尻を拭い、「じゃあ本屋に行こっか!」と言い、僕の袖を引っ張った。

本屋に寄った後、僕らは喫茶店に入った。
「無事買えてよかった」と本の表紙を眺めながらニヤニヤしている。
目の前で笑顔の先輩を忘れまいと脳裏に焼き付ける。
「あのさ…」と先輩は何かを言いかけ、「やっぱ何でもない」と言う。
「何ですか!言いかけてやめるとめちゃくちゃ気になりますよ」と、僕はその呑み込んだ言葉を聞き出そうとする。
先輩はうーんと右斜め上を見つめながら何かを考えていた。
 先輩はポーチから香水を取り出し、「腕を出して」と言ってきた。
僕は話を逸らされたなと思いつつも、言われた通りに腕を出す。先輩はその腕を掴み、手首に香水をかけてきた。
甘すぎず爽やかな香りが鼻の中から侵入してくる。
「先輩のいい香りがしますね」と、僕は両手首で香水を伸ばしながら答える。
「香りって記憶に影響を与えるって知ってた?これで私のこと忘れられなくなったね」といたずらっ子のような笑みを浮かべた。                
「これ使いかけだけどあげるよ」と言って僕に渡した。
「ありがとうございます。けど、先輩に渡せるもの何もないですよ」
じゃあさと言って、彼女はスッと息を吸ってワンテンポ間をおいた。
「先輩じゃなくて名前で呼んでくれない?」
「え、それだけ?」
「それがいいの!」
「斉藤さん」
「いじわるっ!」と言って彼女は僕のスネを軽く蹴った。
 「名字じゃなくて下の名前だよ」
「は、葉月さん」噛んでしまった。
「呼び捨てにして」と彼女はさらに要求してきた。
「…葉月」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「名前呼ぶのってこんなに恥ずかしいんですね」
「けどめちゃくちゃ嬉しいよ、祐樹」
「不意打ちは卑怯ですよ、破壊力ヤバいですね」
「でしょ!」と言って彼女は僕の肩を軽く叩いた。

                                                         To be continue…

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