「雨の日とアマガエル」
「僕の昭和スケッチ」249枚目
雨蛙
雨蛙は飛び切り美しい生き物だ。
透き通るようなライトグリーンの背と真っ白な腹部、小さな指先は淡いイエローオーカー・・・
私が初めてその小さな生き物に会ったのは、雨の雑木林の中、家族と墓参りに出かけた日のこと。子どもの頃だ。
暗い空から落ちてくる生憎の雨に家族の顔も曇りがちで、みな足取り重く、、、ようやく藪の向こうに塔婆や墓石が見える辺りまで来た時の事。
一匹の小さな生き物が茂みから私の手に飛びついてきた。
見ると、それはエメラルド色のまるで宝石のように美しい雨蛙だった。
そいつは私の手の甲から手の平に移り、そのまま暫く佇んで私の顔を見ていた。私の方もどうして良いのか分からずただそいつを見ていた。それは、本当にあまりにも柔らかく、触れるだけで潰れてしまいそうな小さな雨蛙だった。
隣を歩いていた母親も、足を止めて私の手の上の雨蛙を覗き込んで言った。
「あらま、小さな子やね。雨蛙やわ」
と。
母に覗き込まれて驚いたのか、蛙は直ぐに思いもかけぬ強い力で私の掌を蹴飛ばして藪の中に帰って行った。可憐な風貌とは似合わぬ程ダイナミックに(笑)
ふと足元に目をやれば、そんな小さな雨蛙達が何匹も何匹も、草木の上を飛び回っていた。雨を喜び、雨を祝うように。彼らはそれぞれに何処か行くところでもあるかのように思い思いに飛び跳ねていた。そこには私たち人間の世界とは無縁の小さな生き物の世界があった。
「可愛いアマガエルやね〜、ユウくん。ぎょ〜うさんおるがね!」
母親も、かがみ込んで嬉しそうにそう言った。
母は田舎の生まれなので、何か懐かしさを覚えたのかも知れない。
「知らずに歩いとったら踏んでまうとこやったね」
と目を細めて笑っていた。
その母の童女のような笑顔が今も忘れられない。
それから何度もその墓地を訪れたはずなのだが、私の記憶には何も残っていない。そして、最後に訪れてから長い年月を経た今夏、法事に帰った私はこの墓地を久しぶりに訪れた。
深い雑木林は跡形もなく消え失せ、往事の姿は何処にもなかった。
墓地は私の思っていたより遙かに小さく、車の行き交う県道に面し、周りは墓石のきわまで建売住宅が迫り建っていた。生き物の姿も何処にもなかった。
「可愛いアマガエルやね〜、ユウくん。ぎょ〜うさんおるがね!」
そう言った母も、今はその墓の下に眠っていた。
手を合わせると、あの日の母の笑顔が脳裏に浮かび、思わず胸が詰まった。