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「足袋か運動靴か」昭和の運動会
「僕の昭和スケッチ」イラストエッセイ141枚目
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僕は小学校に上がって迎えた最初の運動会の前日に、「足袋を履いていけ」と母親に言われた事がある。
これは、相当驚いた。
僕らは日常生活の中で足袋を履く習慣は既になかったからだ。
言うまでもなく、足袋は着物と共にあるものだ。それはまだ着物を着ていた母親や祖母の履くものであっても、半ズボン姿の僕らには時代遅れも甚だしい物だった。
僕がぐずっていると、父親が茶の間に顔を出して言った。
「たわけっつ! この足袋は普通の足袋とは違うんやぞ。運動足袋といって足底に特殊な補強がされとって丈夫なもんや。遠い昔には、オリンピック選手だってこれを履いとったんやぞ」
と。
だが、親にどう言われようと、誰が履いていようと、足袋は足袋だ。
僕は断固運動足袋を拒否!
「なんで、足袋なんや! 今時誰もそんなもん履いとらへんわ!」
と。
足袋は、当時普及し始めていた運動靴に比べると値段が安く、吝嗇な父は要するに唯それだけの理由で足袋を履けと言っているに違いなかった。少なくとも僕はそう思った。
『オヤジはケチや。だから運動靴、買ってくれん。こんなもん履いて学校へ行ったら、どんだけ恥ずかしいんや・・・!』
けれど、今思えばもしかしたらそうではなく・・・
親達は真新しい運動足袋を買ってやれば、本当に僕が喜ぶと思ったのかも知れない・・・。それは、もう確かめられない。
さて、翌る日、運動会の朝・・・
学校に行くとクラスの皆んなは、何気にお互いの足元に目をやっていた。
やはり、クラスメイトが何を履いているのか、それが気になるのだった。
目を伏せて、恥ずかしそうに運動足袋を履いている女の子もいた・・・
新品の運動靴をこれ見よがしに履いているお金持ちの家の子もいた・・・
「こっちの方が、早く走れるんやぞっつ!」
と運動足袋を履いて息巻く子もいた・・・
結局、僕は自分が運動足袋を履いて学校に行ったのか、それとも運動靴を買ってもらえたのか・・・残念ながらその肝心の記憶が僕にはない。
しかし、運動会が終わる頃になると、運動足袋も運動靴も泥だらけになり何を履いているのかなんてもう分からなくなっていた。運動足袋で一着になった子は嬉しそうにはしゃいでいた。運動靴を履いてビリを走っている子もクラスメイトの熱い応援を受けて恥ずかしそうに・・それでも頑張った。
もう誰も自分の足元など気にもしていなかった。
そうして、皆んな笑っていた。
そこが、子供の世界のいい所だ。
戦後10年以上も経つのにまだまだ貧乏で、運動靴を買えない家庭も数多くあった時代の事だ。
<©2022もりおゆう この絵と文は著作権によって守られています>
(©2022 Yu Morio This picture and text are protected by copyright.)