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卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説

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2024年9月の記事一覧

卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (九州説について)

卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (九州説について)

九州説について 邪馬台国九州説を採った場合の批判として、候補地や具体的遺跡の欠如を挙げる人がいる。九州説を支持する学者が候補地やその根拠すら提示してないとしたら、それは問題だと思う。(そうなのだろうか?) 
 自分はこの方の解説が気に入っている。(アマチュアの方のようだが)

 結論的な部分だけなら、上記キャプションリンク先動画の12:40あたりから。卑弥呼の居所の候補地として、日田地域、小迫辻原

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卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (畿内説の根拠について)

卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (畿内説の根拠について)

 目を通した解説が多いわけでもないが、今のところ邪馬台国近畿説の根拠としては、下記の2点に集約されると理解している。(少なくとも、寺沢薫「卑弥呼とヤマト王権」、吉村武彦「ヤマト王権」からはそう読めた。)
1.「混一疆理歴代国都之図」に代表される、当時の大陸の人びとの倭国の位置に関する認識 (不弥国の先は、「東」とするべきところ「南」と認識してた)
2.漢鏡出土数が当初九州~近畿に比較的均等に分布、

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卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (魏志倭人伝の解釈について)

卑弥呼・邪馬台国 九州説・畿内説 (魏志倭人伝の解釈について)

前提 邪馬台国の所在地について色々議論はあるが、邪馬台国が九州にあったのか、奈良盆地内にあったのかという疑問を出発点にしては解消できない矛盾も、次の大前提を置いてみると、割とすっきり解消しそうな気がする。
大前提:邪馬台国のあった時代には、北九州の国々も、奈良盆地内の国々も、それぞれ遠いクニグニに関する詳細情報はほとんど持ってなかった。
 この時代の人びとの他のクニグニに対する認識(想像)について

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