夏の読書感想・結〜数奇な人生〜
何度も手に取りたくなる作品があるように、
逆に「もう2度とみられない…」という作品が私にはある。
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
奇しくも作者は「グレート・ギャツビー」のフィッツジェラルド。
とはいえ、私がそう感じたのはその原作本ではなく、映画の方だ。
私が映画館でギャツビーを観る数年前、ブラッド・ピット主演で公開されていた。そのときCMか何かでみたよぼよぼのブラット・ピットの姿が、しばらく目に焼き付いていた。
でも、公開当時はそれほど興味はなく、今から2、3年程前にそういえば作者が一緒だったなぁ、と思って軽い気持ちでサブスクの配信で鑑賞した。
そして「2度とみられない」と感じたのだ。
だが後悔はしていない。
むしろ、みておいてよかった、とさえ思っている。
「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」とは、生まれたときにはすでに年老いていて、成長するにつれどんどん若返っていくという不思議な生を持って生まれてきた男、ベンジャミンの物語だ。
映画では子どもの頃を共に過ごすヒロイン(名前はデイジー!)が登場し、ベンジャミンと彼女の人生を描いていく。
1度は交わった2人の人生も、ベンジャミンの特殊な生き方が障害となり、やがて2人は離れていってしまう。
だけどヒロインが年を取り、反対にベンジャミンが子どもの姿となったとき。
2人の人生はもう1度交わることになる。
私はこのときの場面が忘れられないのだ。
雪の降るなか、幼いベンジャミンの手を引いて歩く年老いたヒロイン。
映像はそんな2人の後ろ姿を、少し離れたところからそっと見守るように写している。
ふいにヒロインが身をかがめる。
そして、ベンジャミンにキスをする…
この場面で私は涙が溢れてしまった。
台詞のないシーンだが、ヒロインのベンジャミンへの愛がひしひしと伝わってくるのだ。
冗談ではなく、大袈裟ではなく、これを書いている今も思い出して泣いてしまう…
だから私はこの作品がもうみられないのだ。
涙してしまうことがわかっているから。
だけど、とてもすてきな作品だ。
さて。
映画の感想が長くなってしまったが、今年に入って偶然この作品の原作本を見つけた。
私が見つけたのはイースト・プレス社から出版されているもので、まるで絵本のような可愛らしい挿絵が魅力的だった。
泣いちゃうかな…
また泣いちゃうかなぁ…?
そう思うとちょっと読むのが躊躇われたが、読んでおきたい!という気持ちが勝って、手に取った。
読んでみて驚いた。
映画とは内容が違う…!
年老いて生まれて、成長するにつれてどんどん若返っていくという設定は同じだ。
だけど映画はその設定を元に、よりドラマティックに作品を作り上げていた。
私を泣かせた幼馴染のヒロインも、原作には登場しない。
それにベンジャミンは生まれたその時から言葉を発し、父親が驚くほど流暢に大人びた喋り方をする。
その見た目の大きさも小さな赤ちゃんではなく、成人した体躯のおじいちゃんだ。
(母親のお腹の中に、どうやっておさまってたんだい!?)
と思わされ、クスッと笑いを誘うものがあった。
映画と比べると、もしかしたらドラマティックさはやや薄めかもしれない。
けれど、原作には原作の魅力がある。
この作品は、インパクトの強い設定でありつつも、どこか主人公の生き方や周囲との人間模様など、その根底にあるものは私たちとそう変わらない、どこか共通するものがあるように私は感じた。
もちろん、そのありえない特殊さが障害となってベンジャミンを苦しめることもあるのだが、
でも彼は私たちと同じように恋をして、結婚をして、息子が生まれる。
そして大人になった息子から言われるのだ。
「ちゃんとしてくれ」と。
これは普通とは違い、息子である自分よりどんどん若返っていく父ベンジャミンを受け入れられないことからでる言葉だと思うのだが、
〝普通“である私たちだってそうだと思う。
子どもの頃に見てきた親とは違い、年老いて、今までできていたことができなくなっていく。
そしてそんな親の姿が受け入れらず、「ちゃんとしてくれ!」と責めてしまう。
これらのことが完全に一緒だとは言えないかもしれないが、少なくとも私はなんとなく重ねてしまうのだ。
そしてベンジャミンはどんどん年を重ね、どんどん若返っていく。
小さく、幼くなっていく。
言葉使いも変わり、人生で華やいでいたときの思い出も、どんどん遠くなっていく。
そしてついには、本来その姿で母親のお腹から出てくるはずだった、赤ん坊へと姿を変えていく…
肉体こそ、私たちとは違い逆行して進んでいったけれども、
それ故に生じる辛い経験もあったけれども、
誰にも共感されないような生き方の中に、それでも普通に生きている私たちと同じ経験、共通点みたいなものがあるように感じた。
数奇な人生のその奥には、普遍的なものが隠れていた。
ところで。
突然なのだが、私はときおり死について思いを巡らせることがある。
それは決して心が疲弊して、それにすがりたくなってしまうというわけではない。
ただ、それが訪れる瞬間はどういうものなのだろう、とか、その後私はどうなるのだろう、とか。
ふと思うのだ。
そんなとき、最近はこの作品の最後の文章が思い出される。
この文章が、私は好きだ。
静かに私の中に沁みてくる。
(その他の読書感想)
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